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オリックスと巨人のトレード史 木佐貫洋、谷佳知ら実績ある選手たちがズラリ

2022 1/29 06:00勝田聡
木田優夫,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

96年日本シリーズで対戦したオリックスと巨人

昨シーズン、オリックスはパ・リーグを制し日本シリーズへと進出した。その日本シリーズを戦ったメンバーは、ほぼ生え抜きの選手たちで構成されており、最終戦(対ヤクルト/第6戦)に出場した日本人野手は全員が生え抜きだった。

前回オリックスが日本シリーズに進出したのは1996年のこと。その最終戦(対巨人/第5戦)では、日本人野手が5人出場していた。四條稔、勝呂壽統、高田誠、大島公一、馬場敏史である。そのうち四條、勝呂、高田の3人は巨人から交換トレードでやってきた。いずれもレギュラーではなかったものの、日本シリーズ最終戦に出場していることからもわかるとおり、立派な戦力となっていた。

そんなオリックスと巨人の間では、これまでどのような交換トレードが行われてきたのだろうか。親会社が阪急からオリックスへと変わった1989年以降で振り返ってみたい。

オリックスから巨人へ移籍した新人王

巨人とオリックスの主なトレード,ⒸSPAIA


1992年にオリックスと巨人では2件のトレードが成立した。オリックスは藤田浩雅を交換相手に高田を獲得し、熊野輝光を交換相手に勝呂を迎え入れた。これがオリックスになってから初めて成立した巨人との交換トレードである。

藤田、熊野ともに1991年は出場機会を減らし、くすぶっていた。しかし藤田は1984年、熊野は1985年に新人王とベストナインを同時受賞した、実績のある選手たちだった。交換相手の高田は大卒5年で通算33試合の出場しかなく、1991年は2試合の出場のみ。勝呂も1988年こそ89試合に出場したが、徐々に出番を減らし、1991年は3試合の出場にとどまっていた。

トレード前の実績では圧倒的に藤田と熊野のほうが上回っていたが、巨人では目立った活躍はできなかった。一方で、高田と勝呂はともにオリックスに移籍してからキャリアハイを出しており、移籍後に花が開いている。高田は1996年に、72試合の出場ながらゴールデングラブ賞も受賞した。

この2件の次に成立したのが1995年(シーズン中)の四條と佐々木明義のトレードだった。四條は移籍初年度こそ9試合の出場で無安打に終わるも、翌1996年にキャリアハイとなる108試合に出場。前述の通り日本シリーズにも出場している。

佐々木はオリックスでは3試合の出場だったが、巨人では2001年の現役引退までに63試合に出場した。ただ、2000年の23試合が最多出場であり、実績を残せたとは言えない。

オリックスと巨人の間で成立した最初の3件のトレードは、いずれもオリックスに実のあるものとなった。

後のメジャーリーガー同士のトレード

1998年には、巨人・木田優夫とオリックス・野村貴仁のトレードが行われた。木田はシーズン途中から抑えに抜擢され、16セーブをマークする活躍を見せる。しかし、同年取得したFA権を行使し、MLBへと移籍した。

一方の野村は巨人で4年間プレーして103試合に登板、6勝6敗5セーブの成績を残した。ただこちらも2002年にMLBへ挑戦するため、ブリュワーズに移籍している。交換トレードされた両選手がともにメジャーリーガーとなった珍しい例だ。

2007年には大きなトレードが成立した。最多安打と盗塁王を1度、ベストナインを5度、ゴールデングラブ賞を4度獲得している谷佳知が、鴨志田貴司と長田昌浩のふたりを交換要員として、オリックスから巨人へと移籍したのだ。移籍直前の2年間、成績が低迷していたとはいえ、巨人でほぼ実績のなかった鴨志田と長田とのトレードは衝撃を与えた。

谷は巨人で、移籍初年度から打率.318(541打数172安打)と活躍。その後、緩やかに成績は下降したものの、3年目の2009年にも規定打席に未到達ながら打率.331(287打数95安打)を記録するなど、まずまずの成績を残した。巨人でプレーした7年のうち6年は、80試合以上に出場している。

オリックスに移籍した鴨志田は、2010年に26試合、2011年に18試合と2年連続で中継ぎとしてまずまずの活躍を見せるも、大きな実績は残せなかった。長田は在籍した4年で5試合の出場に終わっている。

2010年には、2003年の新人王・木佐貫洋(巨人)と中継ぎ左腕の高木康成(オリックス)がトレードされた。木佐貫は移籍1年目に自身3年ぶりとなる2桁勝利を達成。在籍3年で17勝を挙げた。高木も2011年と2012年に40試合以上に登板するなど、貴重な中継ぎとして108試合に登板した。両投手ともまずまずの成果を残したトレードだ。

2013年には東野峻と山本和作が巨人からオリックスへ、香月良太と阿南徹がオリックスから巨人へと移籍した。これが現時点でもっとも新しいトレードである。

山本は巨人時代に一軍出場がなかったが、移籍初年度の2013年に96試合に出場し、開花したかに見えた。しかし、その後は伸び悩み2015年に現役を引退。一方の香月は、中継ぎとして3年間で74試合に登板。2014年には41試合に登板し、6ホールドをマークしている。東野と阿南は目立った実績を残していない。

藤田、熊野、木佐貫と3人の新人王や実績を残していた谷、さらには後のメジャーリーガーである木田と野村。振り返ってみると、オリックスと巨人の間ではインパクトの大きいトレードが多かった。今後どのようなトレードが成立するのだろうか。

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