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立浪和義らPLナインが注目された1987年ドラフトの答え合わせ、外れ1位の成績は?

2021 4/1 06:00SPAIA編集部
中日・立浪和義Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

立浪和義に南海と中日の2球団競合

PL学園が甲子園春夏連覇した1987年。秋のドラフトではPLの主将・立浪和義や左腕エース・野村弘樹、背番号10の右腕・橋本清、立教大・長嶋一茂らに注目が集まっていた。

当時は指名が重複した場合は抽選、外れた場合はウェーバー方式。蓋を開けると、立浪には南海と中日の2球団、長嶋に大洋とヤクルトの2球団、東亜学園高の右腕・川島堅に阪神、近鉄、広島の3球団、熊谷組のサブマリン・伊藤敦規に日本ハムと阪急の2球団が競合した。

1987年ドラフト1巡目指名選手の成績


外れ1位も含め、各球団の1位指名選手のプロ入り後の成績を振り返る。

阪神は野田浩司、大洋は盛田幸妃、ロッテは伊良部秀輝を指名

阪神は川島堅を外して九州産交の右腕・野田浩司を指名。鋭いフォークを武器に主に先発で活躍し、松永浩美との交換トレードでオリックスに移籍した1993年には17勝で最多勝に輝いた。さらに1995年には1試合19奪三振の日本新記録を樹立。2000年オフに引退するまで通算316試合登板で89勝87敗9セーブをマークした。

近鉄は川島を外して日本通運の右腕・高柳出己を指名。1989年に最終戦で優勝を逃した伝説の「10・19」第2戦に先発するなど主に先発として活躍したが、ロッテに移籍した1996年に戦力外となった。通算119試合登板で29勝30敗の成績を残している。

大洋は長嶋一茂を外して函館有斗高の右腕・盛田幸妃を指名した。1992年には中継ぎながら14勝を挙げ、最優秀防御率のタイトルを獲得。近鉄に移籍後、脳腫瘍を患ったが、2001年に復活を果たしてカムバック賞を受賞した。通算47勝34敗29セーブの成績を残して2002年に引退。2015年にがんの転移により帰らぬ人となった。

ロッテは尽誠学園高の右腕・伊良部秀輝を指名。1997年にヤンキース移籍してMLBで通算34勝をマークすると、2003年には阪神入りし、13勝8敗で18年ぶりリーグ優勝に貢献した。引退までに日米通算106勝104敗27セーブ2ホールドの成績を残し、2011年に42歳で死去した。

長嶋一茂はヤクルト、川島堅は広島が獲得

ヤクルトは「ミスタージャイアンツ」長嶋茂雄の長男・長嶋一茂を指名。立教大で東京六大学リーグ通算11本塁打のパンチ力を評価され、1988年4月27日の巨人戦ではメジャー右腕のビル・ガリクソンからプロ初本塁打を放って期待されたが、レギュラーをつかむには至らなかった。巨人移籍後の1996年オフに戦力外となるまで通算384試合出場で161安打、18本塁打の成績を残している。

このシーズンを最後に身売りすることになる南海は立浪を外し、本田技研熊本の左腕・吉田豊彦を指名。ダイエー、阪神、近鉄、楽天と渡り歩き、2007年に引退するまで通算619試合登板で81勝102敗17セーブ23ホールドの成績を残した。

3球団競合の東亜学園高・川島堅を引き当てたのは広島だった。キレのいいストレートで夏の甲子園4強入りした右腕への期待は高かったが、プロでは大成せず1994年に戦力外。通算11試合で1勝4敗だった。

日本ハムは伊藤を外して明治大の右腕・武田一浩を指名した。1991年に4勝18セーブで最優秀救援投手に輝くと、ダイエー移籍後の1998年には13勝で最多勝。その後も中日、巨人と移籍し、2002年に引退した。通算341試合登板で89勝99敗31セーブの成績を残している。

巨人はPL学園・橋本清、西武は浦和学院・鈴木健

注目の立浪和義を引き当てたのは中日だった。1年目から110試合に出場して新人王に輝くと、その後も中日ひと筋で22年の現役生活を送り、通算2480安打、NPB記録の487二塁打、171本塁打、1037打点をマークした。

熊谷組・伊藤敦規は阪急が引き当てた。オリックス、横浜、阪神に所属して2002年に引退するまで通算483試合登板で56勝51敗11セーブの成績を残した。

巨人はPL学園高の右腕・橋本清を単独指名。本格派右腕として将来のエース候補と期待されたが、通算134試合登板で9勝12敗8セーブの成績にとどまり、ダイエーに移籍した2001年に戦力外となった。

西武は浦和学院高のスラッガー・鈴木健を指名。1998年にはフル出場して22本塁打を放つなど活躍し、ヤクルト移籍後の2007年に引退した。通算1446安打、189本塁打、797打点の成績を残した。

投手から野手まで個性派揃いの1987年組。2巡目以下ではPL学園高・野村弘樹が大洋3位、海星高・堀幸一がロッテ3位、沖縄水産高・上原晃が中日3位、明野高・大道典良が南海4位、東海大工高・吉永幸一郎が南海5位、星稜高・村田勝喜が南海6位で入団しており、南海の指名選手は後のダイエーで主力級の活躍をする面々だった。

なお、PLの優勝メンバーだった片岡篤史は同志社大に進み、4年後に日本ハム2位、2年生だった宮本慎也も同志社大からプリンスホテルを経て1994年のヤクルト2位でプロ入りしている。

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