近鉄と阪急が金村を指名、電電九州・右田一彦も2球団競合
夏の甲子園で報徳学園が優勝した1981年。秋のドラフトでは、報徳の4番でエースだった金村義明に注目が集まっていた。
当時は指名が重複した場合は抽選、外れた場合はウェーバーというルール。近鉄と阪急が金村を指名し、電電九州の右腕・右田一彦も大洋と阪神の2球団が競合した。
外れ1位も含め、各球団1巡目指名選手のプロ入り後の成績を振り返る。
夏の甲子園で報徳学園が優勝した1981年。秋のドラフトでは、報徳の4番でエースだった金村義明に注目が集まっていた。
当時は指名が重複した場合は抽選、外れた場合はウェーバーというルール。近鉄と阪急が金村を指名し、電電九州の右腕・右田一彦も大洋と阪神の2球団が競合した。
外れ1位も含め、各球団1巡目指名選手のプロ入り後の成績を振り返る。
金村は近鉄が引き当てた。プロでは内野手として活躍し、1986年には23本塁打、67打点をマーク。中日、西武と移籍して1999年に引退した。通算1262試合出場で939安打、127本塁打をマークしている。
電電九州の右腕・右田一彦は大洋が当たりくじを引いた。1983年オフにロッテに移籍し、1989年に引退。通算116試合登板で12勝16敗5セーブだった。
南海は市川高(兵庫)の右腕・金城信夫を指名。一軍登板を果たせないまま1985年に戦力外となった後は韓国球界でプレーした。
中日は中央大・尾上旭を指名。東都通算105安打、14本塁打をマークした内野手で、プロ入り後はユーティリティプレーヤーとして活躍した。近鉄に移籍後の1991年に引退するまで通算362試合出場で77安打、5本塁打の成績を残している。
西武は熊本工高から所沢高に転校して球団職員となっていた伊東勤を指名。3年目に正捕手となり、西武ひと筋で2003年に引退するまで、通算2379試合出場で1738安打、156本塁打をマークした。引退後は西武とロッテで監督を務めている。
ヤクルトは亜細亜大のサブマリン・宮本賢治を指名した。東都通算35勝を挙げた実力で1年目から活躍。1990年に11勝を挙げるなど通算55勝71敗7セーブをマークし、1996年に引退した。
ロッテは東海大の右腕・井辺康二を指名。1992年にユニフォームを脱ぐまで通算168試合登板で10勝12敗4セーブだった。
阪神は右田一彦を外して日田林工高の右腕・源五郎丸洋を指名。「村山実2世」と呼ばれるなど将来を嘱望されたが、ケガもあって一軍登板すらないまま1986年に引退した。
阪急は金村を外して専修大の右腕・山沖之彦を指名。中村高時代にセンバツ準優勝し、専大で通算22勝を挙げた右腕は、2年目の1983年に15勝をマーク、1987年には19勝で最多勝に輝いた。1994年オフにFA宣言して阪神に移籍したが、一軍登板のないまま翌年オフに引退。通算112勝101敗24セーブの成績を残している。
広島は協和醱酵の右腕・津田恒美を指名した。1年目に先発として11勝を挙げて新人王。1986年からリリーフエースとして活躍し、通算49勝41敗90セーブをマークしたが、1993年に脳腫瘍のため32歳でこの世を去った。
日本ハムは電電関東の右腕・田中幸雄を指名。1985年にノーヒットノーランを達成するなど、中日移籍後の1991年に引退するまで通算25勝36敗16セーブをマークした。日本ハムでは、後に2000安打をマークする同姓同名の野手がいたため、投手は「田中幸」、野手は「田中雄」と表記された。
巨人は大府高の右腕・槙原寛己を指名。2年目の1983年に12勝を挙げて新人王に輝くなど、計9度の2桁勝利をマークした。1994年には完全試合も達成し、通算159勝128敗56セーブの成績を残して2001年に引退した。
津田、槙原、金村ら記憶に残る選手が多かった1981年組。2巡目以下ではプリンスホテル・金森栄治が西武2位、名古屋電気高(現愛工大名電高)・工藤公康が西武6位、明治大・平田勝男が阪神2位、PL学園高・吉村禎章が巨人3位、滝川高・村田真一が巨人5位、河合楽器・小川淳司がヤクルト4位、鹿児島鉄道管理局・西村徳文がロッテ5位で入団している。
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