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日本プロ野球のベネズエラ出身ベストプレーヤーは?【野手編】

2020 5/27 06:00SPAIA編集部
マリナーズ時代のロベルト・ペタジーニⒸゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

7年で計233発放ったペタジーニ

日本プロ野球界では世界各国の選手がプレーしてきた。その中でベネズエラ出身のベストプレーヤーは誰だろうか。まずは主な野手から見ていこう。

NPBのベネズエラ出身野手

阪急の名二塁手として活躍したボビー・マルカーノはベネズエラ出身だ。1975年に入団し、1年目から124試合に出場、打率.298、23本塁打、71打点で日本一に貢献。1978年には94打点で打点王に輝くなど、阪急黄金時代を支えた。1983年にはヤクルトに移籍し、3年間プレー。NPB通算11年で1418安打、232本塁打、817打点の成績を残した。

1999年にヤクルトに加入したロベルト・ペタジーニは、その打棒とともに25歳年上のオルガ夫人との仲睦まじい姿を披露して、日本のファンに強烈な印象を残した。1年目から44本塁打、出塁率.469でタイトル獲得。タイトルには届かなかったものの打率は.325、打点も112という文句のない成績だった。

3年目には39本塁打、127打点で二冠王。.466で最高出塁率にも輝いた。2002年オフにヤクルト退団が決まると争奪戦の末に巨人移籍。2年間で計63本塁打を放ち、2004年オフに退団後はメジャーに復帰した。その後、韓国のLGツインズを経て2010年にソフトバンク入団。6年ぶりに日本球界に復帰したが、10本塁打、41打点と往年の力は発揮できなかった。

結局、NPB通算7年で打率.312、233本塁打、635打点をマーク。ベネズエラに限らず他国を含めても、優良助っ人だったことは間違いない。

外国人初の名球会入りしたラミレス

エディ・ディアスは1999年から広島に加入し、3年目の2001年に打率.304、32本塁打、85打点をマーク。翌2002年オフに退団するまでNPB通算4年で、65本塁打、220打点を挙げた。2003年から2年間は韓国球界でプレーした。

ホセ・カスティーヨは台湾・統一を退団した2009年オフに横浜と契約。1年目の2010年は19本塁打、55打点の成績を残したが自由契約となり、メキシカンリーグに移籍した。翌2011年シーズン中の6月にロッテ入団してNPBに復帰したものの、5本塁打、34打点に終わり退団。NPB通算24本塁打、89打点という成績を残している。

外国人選手史上初の名球会入りとなる2000安打を達成し、現在DeNA監督を務めるのがアレックス・ラミレスだ。1年目の2001年に29本塁打、88打点をマークして優勝に貢献すると、2003年には189安打、40本塁打、124打点を挙げ、最多安打、本塁打王、打点王のタイトルに輝いた。2007年には外国人、右打者として初のシーズン200安打を達成。同年オフに巨人へ移籍した。

2008年は45本塁打、125打点で優勝に貢献し、打点王、セ・リーグMVPに輝いた。翌2009年は打率.322で初の首位打者、2010年は49本塁打、129打点で二冠王。2012年からDeNAに移籍し、2013年オフに退団するまで、NPB通算13年で2017安打、380本塁打、1272打点をマークした。

その後、BCリーグ・群馬を経て、2015年オフにDeNAの監督に就任。2019年は2位に躍進するなど、監督としても4年で通算280勝を挙げている。

「世界の王」に並ぶ55本塁打放ったカブレラ

豪快なアッパースイングをご記憶の方も多いだろう。アレックス・カブレラは日本球界にセンセーションを巻き起こした。2001年に西武に入団すると、いきなり49本塁打、124打点。2002年には王貞治に並ぶ日本タイ記録の55本塁打でタイトル獲得した。この年は長打率.756、OPSは1.223という驚異的な数字を残した。

その後もアーチを量産し、2008年にオリックス移籍。1年目は36本塁打、104打点をマークしたが、徐々に成績は下降線を辿り、ソフトバンクに移籍した2011年はわずか10本塁打。翌2012年シーズン中に退団した。NPB通算12シーズンで打率.303、1368安打、357本塁打、949打点という成績を残している。

アーロム・バルディリスは2008年に阪神入団。2年で計4本塁打に終わったが、2010年にオリックスに移籍すると、いきなり14本塁打、50打点をマークした。2014年にDeNAに移籍後も含め6年連続2桁本塁打を放ち、NPB通算8年で93本塁打、387打点をマークした。

フランシスコ・カラバイヨは日本の独立リーグからNPB入りした。BCリーグ・群馬から2010年のシーズン中にオリックス入り。7本塁打を放ったものの、翌2011年は故障もあってわずか4試合出場にとどまり、戦力外通告を受けた。その後、群馬に復帰し、2015年に再びオリックスと契約。12本塁打を放ったが、同年限りで退団した。

NPBで活躍中のロペス、メヒア

2013年から日本球界で活躍しているのがホセ・ロペスだ。お忘れの方もいるかも知れないが、NPBのキャリアは巨人からだった。

2013年に巨人に入団すると、2年で40本塁打を放ち、2015年からDeNAへ。横浜の水が合ったのか、巨人時代よりも成績を伸ばし、2017年には171安打で最多安打、105打点で打点王のタイトルに輝いた。NPB通算7年で929安打、186本塁打、546打点をマークしている。

エルネスト・メヒアは2014年に西武入団。1年目にいきなり34本塁打を放ち、チームメートの中村剛也とタイトルを分け合った。NPB通算6年で130本塁打、370打点をマーク。198センチの長身でパワーがあるが、三振も多い。

主な打者だけでもそうそうたるスラッガーが並ぶベネズエラ勢。では、ベストプレーヤーは誰か。通算成績からマルカーノ、ペタジーニ、ラミレス、カブレラ、ロペス、メヒアの6選手に絞り、NPB通算打率、出塁率と長打率を足したOPS、長打力を示すIsoP、本塁打を打つまでに要する打席数を示すAB/HR、選球眼を示すIsoDの5項目で比較した。

ベネズエラ出身野手のNPB通算成績比較

いずれも歴史に残る大打者だが、表の通り、意外にも5項目ともペタジーニがトップだった。ハイレベルな6選手の中でも打率.312、OPSは1.051、IsoPは.301、IsoDは.126と飛び抜けている。唯一、AB/HRはカブレラと僅差だったが、わずかに上回った。

仮にペタジーニの通算成績を2019年の12球団トータルの成績に当てはめてみると、打率は12位(2019年1位は鈴木誠也の.335)、OPSは1位(2019年1位は鈴木誠也の1.018)、IsoPは1位(2019年1位は山田哲人の.288)、AB/HRは2位(2019年1位はソトの12.00)、IsoDは3位(2019年1位はブラッシュの.136)となる。

いかにペタジーニがパワー、選球眼とも優れたスラッガーだったか分かる。ベネズエラからペタジーニを超える助っ人が現れるか、その日を楽しみに待ちたい。

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