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栗山巧、万感の思い込もったいぶし銀の一閃【思い出のオールスター⑤西武編】

オールスター初打席初本塁打を放った栗山巧ⒸYoshihiro KOIKE
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ⒸYoshihiro KOIKE

名実況を生んだ2016年

2020年のプロ野球オールスターの中止が決まった。文字通りスター選手が一堂に会する機会がなくなるのは寂しい限りだ。そこで過去のオールスターを振り返ってみたい。

「プロ野球ファンの誰もが心から喜ぶ一発です。――オールスターが似合います」

皆さんはこの実況を覚えているだろうか。いったい誰がホームランを打った時のものか覚えているだろうか。

オールスターの思い出を語る上で、このホームランを放った男を外すことはできない。ライオンズファンにはお馴染み、いや心の支えと言ってもいいだろう。2016年、当時15年目でオールスター初出場を果たした栗山巧である。

票につながらなかったプレースタイル

チームの中心選手である栗山は、3割3回、最多安打1回、ベストナイン3回、ゴールデングラブ1回を獲得するなど、名外野手としての実績を着実に積み上げている。まさにライオンズの顔としてチームを引っ張っているのだが、ことオールスターに関しては縁がなかった。

自身初の日本一を達成した翌年の2009年、ファン投票で外野手部門6位と初めて上位に名を連ねたが、以降、上位に食い込む票数は獲得するも、選出圏内には届かない年が続いた。2014年には地元西武ドームで開催されるとあって、過去最高となる約19万票を集めるも、念願かなわず5位に終わった。

実績とは裏腹になかなか票が伸びなかった原因は、そのプレースタイルにあったのかもしれない。常にチームプレーに徹し、勝つためには自己犠牲も厭わない。

今でもプロ野球ファンの語り草になっている2008年の日本シリーズ第7戦での逆転劇でも栗山は渋い仕事をしている。1点ビハインドで迎えた8回表、死球で出塁した片岡が盗塁することを見込んで、栗山は初球を平然と見送る。直後の2球目にお手本のようなバントで片岡を3塁へ進め、同点のお膳立てをしていた。

自分がいま何をすべきかを理解し、忠実に遂行する。“いぶし銀”なプレーヤーではあったが、他球団ファンの目に留まるような華々しさをまとってはいなかった。

このまま夢の舞台に立つことなく、栗山のプロ野球人生は終わってしまうのか。ファンの間でもそんな声が囁かれ始めた2016年。またとないチャンスが訪れる。

「思い切ってバット振りたいですね」

この年、栗山は開幕から好調で3割以上をキープ。6月19日には史上120人目となる1500本安打を達成。オールスター未出場での達成は史上初という名誉ある(?)記録を打ち立てるなど、初出場へ向けバットでアピールを続けていた。

この活躍ぶりに球団もSNSで「#VOTE栗山巧」と投票を呼びかけると、ファンも「#栗山巧をオールスターへ」と呼応し、球団・ファン一体となって栗山のオールスター初出場を後押しした。だが、ファン投票の最終結果は26万7709票の外野手5位、選出枠内の3位糸井嘉男とは、わずか1809票の僅差だった。

だが、そんな栗山、球団、ファンの努力は無駄ではなかった。後日、全パの監督を務める工藤監督から推薦での選出が発表されたのだ。かつて一緒にプレーしたことがあり、その実力を評価してくれたのだろうか。かくして監督推薦という形で、念願のオールスター初出場がかなったのである。

監督推薦での出場が決定したことで、開かれた記者会見。どういう心境でプレーするかを尋ねられると、

「いつもと変わらずね、自分のできることだけしっかりやろうと思って、特別何かできるわけではないんで。まあ、こういうこと言ってるからつまらんのですね笑」

いかにも生真面目で気が利いた栗山らしさ全開のコメントで報道陣の笑いを誘った後、口をついて出た言葉が印象的だった。

「まあ思い切ってバット振りたいですね」

いぶし銀からオールスターが似合う男へ

今思うとこれは栗山の心の底から発せられた言葉だったのかもしれない。

この年のオールスター第1戦の舞台は福岡ヤフオク!ドーム。栗山は7回の守備でオールスター初出場を果たすと、初打席が巡ってきたのは、3点を追う9回裏無死1塁という場面だった。

広島の守護神・中﨑の初球、宣言通り思い切りのよいスイングをみせるもファウルとなる。だが、夢の舞台での初打席、初球をしっかりとスイングした栗山の姿からは期待感がにじみ出ていた。

球場内の応援もライオンズのチャンステーマに乗り、ボルテージが最高潮に達する中、投じられた3球目。渾身のフルスイングから放たれた打球は、打った瞬間それとわかる当たりだった。きれいな放物線を描いた打球は右中間スタンドに飛び込む豪快なツーランホームラン。

栗山は喜びをかみしめながらゆっくりとベースを一周する。このときの実況が冒頭の一節である。プロ野球ファンの誰もが心から喜ぶ一発を放った栗山は、このホームラン1本で敢闘選手賞を受賞した。まさにオールスターが似合う男となったのだ。

少しの心残りと夢の実現へ

晴れてオールスター初出場の舞台で華々しい活躍を見せた栗山巧だったが、1つ付け加えておきたいことがある。

栗山がホームランを放った直前の9回表に全パは2点を失っているのだが、この失点はサードのレアードとレフトを守っていた栗山がお見合いする形で許した安打が起点となっていた。たらればではあるが、あのお見合いがなければ、この回は無失点。そして、栗山のホームランは逆転サヨナラMVP弾となっていたはずであった。

堅実なプレーに定評がある栗山も、夢の初舞台ではどこか地に足がついていなかったのだろうか。ホームランが鮮烈だっただけに、この場面は特に取り上げられることもなかったが、筆者にとっては少し心残りなオールスターとなった。

心残りと言えば、もう1つ。2016年に成し遂げられなかった、ファン投票でのオールスター選出だ。36歳の栗山はまだまだ一線級の活躍を見せてはいるが、以前のように全試合スタメンで出場というのは体力的にも難しくなってきている。実際、2019年のファン投票ではDH部門で4位に終わった。

この夢がかなう可能性があるとしたら、それは2000本安打を達成するときだろうか。ここまで積み上げてきた安打は1825本。順調にいけば名球会入りは2021年、ライオンズ一筋の選手としては球団初の偉業となる。2016年の時と同様に球団とファンが一体となり、地元メットライフドームでの開催と重なればあるいは――。


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