「○○力」こそが、今のプロスポーツ界を引っ張っている?
私はこのMLBの2000年代前半の大きな変化に関わるキーワードとして、「オタク力」が挙げられるのではないかと考えている。過去の収集された野球データを活用し、統計学を用いて分析するセイバーメトリクスの元を作ったのは、ビル・ジェイムスという野球オタクである。
ビル・ジェイムスは1970年代後半に自費出版で野球データを集めた本を出版する。当時、一般の人たちには見向きもされなかったが、一部のオタクの人たちに高い評価を受ける。そして、この野球データはどんどんと進化をしていき、コンピュータで仮想チームを作り、競わせるようになる。データが正確であればあるほど、人々は熱狂的になっていった。ビル・ジェイムスはその後、セオ・エプスタインによって、2002年にレッドソックスのシニアアドバイザーとして招かれている。
その一部のオタクたちの遊びに目を付けたのが、オークランド・アスレチックスのGMに就任していたサンディ・アンダーソンやビリー・ビーンである。ビル・ジェイムスはその後、エプスタインによって、2002年にレッドソックスのシニアアドバイザーとして招かれており、その他のオタクたちも続々と球団のフロント入りをしている。
アメリカでも日本でもそうだが、子供の時に、学校の昼休憩や体育で野球が上手い子はクラスの人気者であり、体育会系はもてはやされた。逆に、野球名鑑ばかりを見ていたいわゆる文化系の野球オタクは日の目をみなかった。しかし、それが逆転する現象が起こっている。
日本には「オタク文化」があり、このような人材は多くいるのではないか。もちろん、組織にはバランスの良いゼネラリストも必要だが、何かに特化した職人=スペシャリストも必要である。むしろ、何かに特化した能力こそが、今のプロスポーツビジネスに求められているのかもしれない。
オタクたちが進化させたものとは
そのオタクたちはマネーボールから進化させた指標を作っている。その一つが、WAR(Wins Above Replacement)である。
このWARは簡単に言うと、どれだけ勝利に貢献したかを図る数値のことである。メジャー最低年俸クラスの選手と比較し、年間でどれだけ勝利数をもたらしたかを示し、WAR1.0であれば、1勝、5.0であれば5勝である(平均クラスが2.0、スター選手だと7.0というのが、大まかな指標である)。この評価方法は非常に複雑かつ算出方法もfWARとrWAR(前者がFanGraphs版、後者がBaseball Reference版であり、各媒体で算出方法が違う)で評価が違い、ここでは大まかに説明する。
この指標をどうやって出しているかというと、野手は打撃の部分では、OPSを進化させ、長打に偏っていたポイントを四球、単打、2塁打、本塁打などそれぞれの場面で得点期待値の増減を出すwOBAを利用している。また、打撃だけでなく、マネーボールでは評価されていなかったが、盗塁を含めたベースランニングも重要視されている。そして、走塁はUBRという指標で組み込まれた。さらに、守備はUZRという指標で評価し、各ポジションで平均を比較し、どれだけ失点を防いだかを算出した。これはグラウンドをいくつかのゾーンに分け、打球の方向、プレーなどを記録し、打球の難度を設定した上で、守備処理と照らし合わせる。もちろん、アウトカウントや走者の有無なども考慮し、失策数とは違った正確な数値で評価されるようにしている。この打撃、守備、走塁の総合的な指標がWARと言われるものである。
投手に関しては、FIPという防御率よりも本来の実力を示す指標を使って算出されている。ここで重要な要素は三振を奪う力、四球を出さない力、本塁打を打たせない力、この3つの要素を算出し、疑似の防御率として数値を出す。
これらの算出方法は、現在も進化しており、選手の真の実力を客観的かつ正確に算出しようと、日々オタクたちは奮闘している。
実際に、昨年ワールドチャンピオンになったヒューストン・アストロズもFAでベテランの強打者を獲得するのではなく、統計、物理、数学などの専門家(オタクたち)に予算を使った。そこから球団が、5か年計画で2013年まで3年連続100敗したチームを立て直したのは有名である(GMのジェフ・ルーノーも選手経験はなく、大手コンサルティング会社で経営コンサルタントをしていた)。このような現状をみると、まさにデータを読み、分析する力はGMになるには必須であり、この情報合戦をいかに制するかが今後のスポーツビジネスの鍵となることは間違いない。
エプスタインやフリードマンが意識するライバルとは?
このようにエプスタイン、フリードマン、ビーン、ルーノーなど新たな人材が球界を引っ張っている。彼らはセイバーメトリクス時代の到来で、新たな歴史を築いている。ただ、彼らが「自分の椅子を奪われるかもしれない」と脅威を感じている存在がいると私は考えている。
その存在とは、「AI」でないか。前述した統計、物理、数学などの分野は確実にAIが進化すれば、仕事は少なくなってくるはずだ。
皮肉にもオタクたちが日々奮闘しているビッグデータ分析により選手や球団の指標が正確になればなるほど、その時代は近づいていく。そして、どの選手を獲得すればいいのかを人ではなく、AIが指示を出す時代になってくるのではないか。
日本では、まだプロ野球経験者を中心に編成を行っており、一般のファンも打率や勝利数の数値を重要視している。
ただ、私が執筆しているこのサイトでもAIが勝敗予想を行っており、データスタジアムのようなデータ分析をする会社も増えている。日本でも間違いなく、このような時代が近づいている。このAIを含めたスポーツの最新テクノロジーについても語っていきたいと考えている。
その前に、セオ・エプスタインなどはデータを読むだけではなく、「マネジメント力」をより強化しようとしているように見える。次回は、このマネジメントについて語っていく。
【スポーツ×お金】第3回 お金とデータだけではできないマネジメント①
《ライタープロフィール》 藤本 倫史(ふじもと・のりふみ) 福山大学 経済学部 経済学科 助教。広島国際学院大学大学院現代社会学研究科博士前期課程修了。大学院修了後、スポーツマネジメント会社を経て、プランナーとして独立。2013年にNPO法人スポーツコミュニティ広島を設立。現在はプロスポーツクラブの経営やスポーツとまちづくりについて研究を行う。著書として『我らがカープは優勝できる!?』(南々社)など。