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知っておきたい冬季オリンピックの歴史と日本人選手

2017 12/27 16:17hiiragi
冬季オリンピック
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第1回大会は1924年フランスで開催

冬季オリンピック競技大会第1回大会は、1924年フランスのシャモニー・モンブランで行われた。しかし、この大会は最初から冬季オリンピックとして開催されたわけではない。

元々冬にしかできない氷上や雪上のスポーツは、夏季に行うオリンピックからは除外されていたのだが、人工氷の登場でフィギュアスケートやアイスホッケーなどの氷上スポーツが、夏季オリンピックで実施されるようになった。
すると、冬のスポーツに注目が集まり、1924年、パリオリンピックを行うフランスで、氷上、雪上のスポーツをまとめた単独大会が試験的に行われたのだ。この単独大会は成功を収め、翌年第1回冬季オリンピックとして認可され、第2回大会の開催も決定した。

第2回大会から日本が参加、第4回大会には日本から女性選手も

第2回大会は、1928年スイスのサン・モリッツで開催された。日本が初めて参加したのもこの大会だ。
しかし、日本のスキーとスケートは歴史が浅く、参加競技はスキーノルディックのクロスカントリー、ジャンプ、ノルディック複合の3種目に計6名の選手が出場したのみだった。

それでも、1932年のアメリカレークプラシッドの第3回大会には、スキーノルディックに加え、スケートのスピードに4名とフィギュアに2名の男子選手が出場を果たした。その後、1936年のドイツ、ガルミッシュ・パルテンキルヘンの第4回大会には、フィギュアで稲田悦子選手が小学校6年生で出場して10位に入り、初の冬季オリンピック日本代表女性選手となった。

幻の第5回冬季オリンピック札幌大会

第5回冬季オリンピックは、1940年に札幌で開催される予定だった。この頃の冬季オリンピックは、夏のオリンピックと同じ年に行われ、夏の開催国となった国に優先権が与えられる規定になっていた。

日本は第12回オリンピックの招致に成功、東京で開催するとともに、冬季オリンピックを札幌で開く予定だったのだが、日中戦争の勃発によりオリンピック開催を返上してしまった。
そして第2次世界大戦の影響でオリンピックの開催は不可能となり、1948に再開されたものの日本は招待されず、1952年の第6回オスロ大会まで待たなければならなかった。

日本初開催の札幌で獲得した日本初金メダル

1940年のオリンピック返上から32年後の1972年、第11回冬季オリンピックが札幌で開催された。日本は90名の選手を送り込み、スキー・ジャンプ70m級で笠谷幸生選手が冬季オリンピック初の金メダルを獲得。
他、銀と銅も日本人選手で表彰台を独占したが、メダルはこの3個のみに終わり、入賞が3組だけという結果に終わった。

しかし、日本開催2回目となった1998年の長野大会では、166名の選手を送り込み、金メダル5個、銀メダル1個、銅メダル4個を獲得、他に入賞者が23組と成果の多い大会となった。
特にこれまで金メダルのなかったスケートで、スピードとショートトラックで獲得した2個の金メダルは大きな自信となった。

2018年第23回平昌大会に期待

1928年第2回サン・モリッツ冬季オリンピックに1人の役員と6人の選手で参加した日本は、1936年第4回ガルミッシュ・ パルテンキルヘン大会でのスピードスケート男子500mで、石原省三選手が4位に入り初入賞を果たした。その後、1956年第7回コルチナ・ダンペッツオ大会では、スキー男子回転で猪谷千春選手が2位に入り初のメダルを獲得した。

さらに、1972年第11回札幌大会のスキー男子ジャンプ70m級で、笠谷幸生選手が初めての金メダルを獲得など、少しずつではあるが成績も上がった。そして、2014年第22回ソチ大会では役員135名、選手男子48名、女子68名で参加、フィギュアスケート男子の羽生結弦選手の金メダル始め、銀メダル4個、銅メダル3個を獲得した。
2018年第23回平昌大会ではどんな戦いを見せてくれるのか期待が高まる。


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