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東京五輪、ワクチン無償提供も揺れるアスリート…接種タイミングや批判の声に

2021 5/19 06:00田村崇仁
池江璃花子Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

五輪優先で批判、拒否反応示す選手も

東京五輪・パラリンピックに参加する各国・地域の選手団に米製薬大手ファイザー製の新型コロナウイルスワクチンが無償提供されることが決まった。日本選手団で接種が見込まれるのは、五輪・パラを合わせて選手約1000人、監督・コーチ約1500人の計2500人規模。これは国際オリンピック委員会(IOC)が5月6日、唐突に発表したもので、開催懐疑論の打ち消しを図る「追い風」になるとの見方もあった。

しかし「安全、安心」の大会実現への切り札として期待も大きい中、一般への接種が遅々として進まない日本では「五輪優先」への批判も根強く、賛否は割れている。最近はアスリートが批判の矢面に立ち、発熱などの副反応が出ることを懸念して拒否反応を示すケースも出ている。

五輪は「別枠」でもボランティアに回らず

安全な開催を目指すIOCは参加選手にワクチン接種を推奨するが、義務化はしていない。今回のワクチン提供は世界各国に向けられたもので、丸川珠代五輪相も政府が確保するワクチンとは「別枠」と強調した。しかし、大会運営を支えるボランティアは対象外となっており、こうした点も事態を複雑にしている。

陸上女子1万メートルで東京五輪代表の新谷仁美(積水化学)は5月8日の記者会見で、五輪選手団に米ファイザー製の新型コロナウイルスワクチンが提供されることに関し「アスリートだけが特別と聞こえてしまっているのは非常に残念」と複雑な心境を明かした上で「五輪選手だけが(優先)というのは、おかしな話。平等に、どの命も守らないといけない」と強調した。

海外でもテニス男子で世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)は「接種は強制すべきではない。自分が打つかどうかもコメントしない」と慎重な姿勢を見せている。

大谷翔平も接種で体調不良、接種日程で課題山積

五輪開催へ「最後の勝負手」となる今回のプランは、ファイザー社のブーラ最高経営責任者(CEO)が4月の菅義偉首相との電話会談で無償での協力を申し出て、日本政府とIOCの協議を経て実現に至ったという。 だが残された時間は決して多くなく、ドタバタの対応が求められる。大会直前の調整に影響が出ないよう五輪選手のワクチンは日本でも5月末に供給が始まる見通しだ。

米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平投手もワクチン接種後に「体調がよくなかった」と話しており、摂取のタイミングは緊急課題。原則3週間の間隔で2回接種する必要があり、接種会場は味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)を基本とする。

ワクチンの「打ち手」は競技団体に帯同するスポーツドクターに協力してもらう案が出ているというが、これから五輪切符を懸けた最後の勝負が待つ選手も少なくなく、接種の日程調整は簡単でない。接種が直前までずれ込むほど、リスク回避は困難になる。

パラリンピックの日本選手団についても、日本パラリンピック委員会(JPC)が6~7月で競技団体と調整を始めた。

池江璃花子に辞退求める声、IOCも危機感

IOCは日本国内の開催支持率がいっこうに上がらず、危機感を抱いている。「アスリート・ファースト(選手第一主義)」という考え方も、ワクチンの優先接種に結びつければ曲解される可能性があり、やり場のない不満や怒りの矛先がアスリートへ向かい始めている現実も表面化している。

白血病から復帰し、東京五輪代表に決まった競泳の池江璃花子は、自身のSNSで五輪出場辞退を要求する意見が寄せられたことを明かした上で「私に反対の声を求めても、私は何も変えることができない。この暗い世の中をいち早く変えたい、そんな気持ちは皆さんと同じように強く持っている。ですが、それを選手個人に当てるのはとても苦しいです」と複雑な心境を素直につづった。

コロナ対策で外部との接触を極力避けた「バブル」方式で五輪を開催することは、社会生活との分断を生んで閉ざされた大会にもなりかねない。五輪が「特殊化」した存在になればなるほど世論の支持を集めることはできない構図が残念ながらある。

五輪は特権階級のものではなく、人類が受け継いできた貴重な文化。五輪の運営側と国民感覚とのずれが生じ、世間の強い風当たりが収まる気配がない理由はそこにある。

テニスで五輪金メダルの実績がある女子のセリーナ・ウィリアムズ(米国)は出場の態度を保留しているが、五輪への思い入れが深く、3歳の長女に「オリンピア」と名付けたことでも知られる。そんな元女王も揺れる心境を隠さない。最愛の家族がコロナ禍の対策で、大会に同行できない場合は欠場する可能性を示唆している。

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