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コロナ渦の東京五輪、中止のメリットとデメリットは?

2021 5/10 06:00田村崇仁
イメージ画像Ⓒsimpletun/Shutterstock.com
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選手団に米国製ワクチン提供も世論は逆風

新型コロナウイルスの影響で1年延期された東京五輪・パラリンピックは、感染力が強い変異株の世界的な拡大で最悪の場合、中止に追い込まれる可能性も出てきている。

国際オリンピック委員会(IOC)は5月6日、五輪パラに参加する世界各国・地域の選手団に米製薬大手ファイザー社とドイツ製薬企業ビオンテック社が共同開発した米国製ワクチンを提供すると発表し、中止論も出ている大会開催へ「最後の勝負手」を打った。

米紙ワシントン・ポスト(電子版)のコラムで、五輪開催都市から巨費を搾取する姿を「ぼったくり男爵」と痛烈に批判されたIOCのバッハ会長は「安心安全な大会実現と開催国への連帯を示す新たな方策」との声明を出したが、世論の逆風は収まらないままだ。

緊急事態宣言延長、五輪中止署名は20万超

政府は5月7日、東京、京都、大阪、兵庫の4都府県に発令している緊急事態宣言の延長を決定し、期限を5月31日までとする方針を発表。感染が拡大している愛知、福岡2県を追加し、5月12日から適用する。

医療が逼迫し、ワクチン接種も遅々として進まない中、五輪開催ありきの政府やIOC、大会組織委員会に世論の批判は高まるばかりで、元日弁連会長の宇都宮健児氏が5月5日正午から始めた「東京五輪の開催中止を求める」オンライン署名は開始約49時間の猛スピードで20万筆を超えた。

組織委やIOCは3月に海外からの観客受け入れを断念する決断を下し、無観客開催も選択肢に開催を目指すが、五輪中止のメリットとデメリットはどんなことが考えられるのか探ってみた。

経済損失4兆円超、保険会社損失も史上最大

まず多方面に影響が及ぶ中止のデメリットから見てみると、関西大の宮本勝浩名誉教授(理論経済学)は経済的損失が約4兆5151億円と試算している。その内訳は大会運営や観客など直接的に失われる経済効果が3兆円を超え、大会後のレガシーが失われる損失も1兆円規模と大きい。

さらにロイター通信は中止の場合、保険会社が被る損失が国際行事の中止では史上最大規模の20億~30億ドル(約2200億~3200億円)に上る恐れがあると報じた。コロナ禍で前例のない打撃を被っているホテル、旅行、航空業界などはさらなる痛手となりそうだ。

損害賠償の権利は放棄する不平等条約

五輪の開催都市契約はIOCに中止を決定できる権利の記載があり、その場合は都や組織委が損害賠償などの権利を全て放棄すると定めている不平等な内容だ。

中止になるケースとしては戦争や内乱などのほか、大会参加者の安全が深刻に脅かされる懸念がある場合が想定されており、コロナ感染症も当てはまるケースと考えられる。ただしIOCが自ら中止を決めた場合、日本側はIOCに損害賠償を求めることはできない見通しだ。

IOCも柱のテレビ放送権収入に大打撃

IOCの収入の柱は、米NBCユニバーサルを筆頭にした世界のテレビ各局からの巨額な放送権料で約7割を占める。

IOCの公式資料によると、2013~2016年のIOC財源のうち、73%を放送権が占め、総額は41億57000万ドル(約4500億円)に達した。残り約2割はスポンサー収入。そこから約9割は各国・地域の国内オリンピック委員会(NOC)や国際競技連盟(IF)、組織委に分配される仕組みだが、大会自体がなくなればこうした収入に響き、五輪ブランドの損失は計り知れない。

五輪マネーに群がるスポーツ界にも多大な影響が生じ、その場合、多くの「負の遺産」が残るだけでなく、日本側に何らかの補償を求めてくる可能性も否定できない。

池江璃花子や松山英樹らアスリートの夢も消失

自国での五輪開催断念となれば、4年に1度の舞台を目指してきたアスリートの夢が奪われるだけでなく、日本の国力衰退につながる可能性も指摘される。白血病を乗り越えた競泳女子の池江璃花子やゴルフのマスターズ・トーナメントを初制覇した松山英樹、テニスの大坂なおみらトップ選手が母国で活躍する場も一瞬にして消滅する。

池江は5月8日、自身のSNSに五輪出場辞退や五輪開催反対に賛同を求める声が寄せられていることについて「この暗い世の中をいち早く変えたい、そんな気持ちは皆さんと同じように強く持っています。ですが、それを選手個人に当てるのはとても苦しいです」と複雑な思いを吐露した。

陸上男子400メートル障害の元五輪代表、為末大氏はツイッターで「五輪にいろんな思いをみなさんお持ちだと思いますが、アマチュア選手にとっては五輪しかないんです。私はただただ選手の心が心配です」と訴えている。

五輪開催都市に決定した2013年9月から8年近くの準備は全てが水泡に帰し、いわゆる「五輪特需」は崩壊。経済のV字回復どころか、コロナショックからの再建は長引き、リスク回避で五輪に立候補する都市が大幅に減る可能性も出てくるだろう。

戦争以外の理由は初、過去の中止は5回

1896年からギリシャ・アテネで始まった近代五輪は過去、夏冬合わせて5回中止されているが、いずれも戦争が理由。感染症による中止となれば史上初めてだ。

1916年のベルリン大会は第1次世界大戦の影響で断念。1940年は夏季大会が東京、冬季大会が札幌で開かれる予定だったが日中戦争が拡大した影響で、日本は開催権を返上した。1940年の夏季大会は代替地のヘルシンキで開催されることになったが、第2次大戦のため開催できなかった。1944年のロンドン夏季大会とコルティナダンペッツォ(イタリア)冬季大会も大戦のため、中止となった。

世界から人々が集う形式の「平和の祭典」はウイルス感染症に大きな弱点を露呈し、新たな在り方を模索する必要も出ている。

中止メリットはコロナ再拡大のリスク回避

一方で五輪中止のメリットはどんな側面が考えられるのか。最も分かりやすいのは、変異株の流入やコロナ再拡大のリスクを回避できることだろう。

200カ国・地域以上から1万人超の選手が日本に集まり、コーチや審判、メディアなど大会関係者を含めれば最大9万人規模。外部との接触を極力避ける「バブル」方式で検査を原則毎日実施しても限界はあり、感染拡大のリスクは消えない。そこが中止を求める人々の最大の理由でもある。

医療の負担も軽減

政府や組織委は五輪・パラを通じて約2カ月間で、1人5日の参加を前提として計約1万人の医療スタッフの確保を計画。1日当たりに必要な人員を医師が最大で約300人、看護師が約400人と試算していた。

国内の医療体制が逼迫する中、大会での医師や看護師の確保が課題で、組織委は日本看護協会に対し、看護師500人の確保も依頼。こうした問題もクリアになる。

追加経費やコロナ対策費の計3000億円も最小限に

1年延期に伴う追加経費は競技会場の再確保や人件費で1980億円、選手の滞在期間中の検査費など新型コロナ対策費で960億円に上り、計2940億円程度。開催経費の総額は1兆6440億円まで膨れ上がったが、こうした追加コストは中止となれば最小限に抑えられる。浮いた費用を国民へのコロナ対策など補償に充当することも可能だろう。

熱中症リスクも回避、混雑・渋滞も解消

真夏の五輪開催が中止となれば、コロナ対策だけでなく、酷暑の五輪で懸念された熱中症のリスクも回避される。

五輪開催に伴う道路の混雑や渋滞への懸念も解消され、生活への影響も気にする必要がなくなる。

戦後復興の象徴からコロナで破滅の大会に

1964年東京五輪は戦後復興、高度経済成長を世界に発信し、大会のレガシー(遺産)として新幹線などインフラ整備が進んだ。しかし約半世紀ぶりの東京五輪は中止の判断が下されれば、復興五輪の理念も雲散霧消し、新たなウイルスで破滅した困難な時代を象徴する幻の五輪になるだろう。

国立競技場の建設計画や大会エンブレムの白紙撤回、女性蔑視発言による森喜朗前会長の辞任、招致不正疑惑など数々のトラブルに見舞われた大会は、菅義偉首相が掲げる「コロナに打ち勝った五輪」でなく「コロナに打ち負かされた五輪」として記憶に刻まれる。

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