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コロナ対策の「バブル方式」とは?安全開催探る東京五輪のリスクと課題

2021 2/3 17:00田村崇仁
除菌効果のあるミストシャワーが設置された体操国際競技会Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

選手や関係者の外部との接触を遮断する「ニューノーマル」

新型コロナウイルス感染症は欧米などでワクチン接種が始まり、世界各国の専門家が英知を結集して対策に乗り出している。

脅威のウイルスとの闘いでスポーツ界が採用したのは、開催地を大きな泡で包むように大会を運営し、選手や関係者の外部との接触を遮断する「バブル」方式だ。入国前後や大会期間中の定期的なPCR検査に加え、厳しい外出制限を設け、今や国際スポーツ大会の「ニューノーマル」とも呼べるものになった。

東京五輪・パラリンピックはこうした国内外の競技事例を参考に、政府の中間報告で選手が原則96~120時間(4~5日)の間隔で検査を受けるなど独自のコロナ対策を打ち出したが、五輪で最多33競技にまたがり、世界206カ国・地域から1万人を超える選手団が来日する予定の大規模な五輪は一筋縄ではいかない現実もある。

NBAが先例、「バブル」内に美容院、ゴルフや釣りも

米プロバスケットボール(NBA)は2020年7月、フロリダ州のディズニーワールドに約1億7000万ドル(約180億円)の巨額を投じて広大な「バブル」と呼ばれる環境をつくり、22チームがオーランド近郊に集まる集中開催方式を採用。試合は無観客で2020年3月に中断されたシーズンを再開した。

選手や関係者には「ソーシャルディスタンス」を確保する全地球測位システム(GPS)を持たせるなど徹底した対策をとり、「バブル」内には美容院が設置されたほか、ゴルフや釣りなどリラックスできる環境も整えた。

しかしNBA決勝まで進んだチームの滞在期間は約3カ月に達し、再開後は感染者を出さずに全日程を終える効果が表れた一方、長期間の拘束期間に課題も残った。

「バブル」環境での非日常的な生活で自宅に戻れず家族と離れ、ひたすら練習と試合を繰り返す日々が長期間に及ぶと、選手から不満が噴出。優勝したレーカーズのスーパースター、レブロン・ジェームズも「ホテルを出て戻っての繰り返し。こんなところから早く出たい。自分は1日に1度はそう思う」と複雑な心境を吐露した。

世界ハンド「バブル」式で完走、IOCバッハ会長も称賛

ハンドボールの男子世界選手権は1月にエジプトのカイロで行われ、コロナ対策として外部から隔離する「バブル」方式を採用。連日のようにPCR検査を実施した。

大会前に米国とチェコ、大会中に西アフリカの島国カボベルデが陽性反応者を出して棄権したが、最後まで何とか「完走」。国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は「大いに励みになる。この経験が東京五輪にも生きる」とメッセージを寄せて称賛した。

それでも選手らは相当な覚悟が必要なようだ。1997年熊本大会以来、24年ぶりに1次リーグを突破した日本代表の土井レミイ杏利主将(大崎電気)は大会期間中、試合や練習会場とホテル以外は外出が許されず「PCR検査を18回受けた」という。

「日本選手団に誰も感染者が出ずに終われたのは良かった」と総括した上で、冗談交じりに「できればもう二度と経験したくない。いろいろなストレスがあった」と振り返っている。

国内では体操の国際大会が成功例、ミストシャワーや空気清浄機も

2020年11月に米国、ロシア、中国、日本の4カ国が参加して行われた体操の国際大会は国内で最初の成功例だ。

海外選手がチャーター機などで来日した際に一般客と動線を分け、徹底したウイルス検査を実施。都内の宿泊先では日本勢を含めて国ごとにフロアを貸し切り、一般客と接触がないように警備員を配置した。

試合や練習以外の外出は特別な理由がない限りは認めず、会場に移動するバスも国ごとに用意。外部と接触を禁じた「バブル」の状態に。選手らは検温と手の消毒に加え、除菌効果のあるミストシャワーを浴びて会場入りし、演技を待つ場所には空気清浄機が設置された。

こうした毎朝のPCR検査や会場の消毒などの感染症対策に投じた予算は約3500万円。陽性者を出すことなく、今春に実施されるテスト大会への道筋を示す狙いは一定の成果を残し、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長も「10点満点」と絶賛した。

柔道、競泳もコロナ禍で環境様変わり

1月に中東カタールのドーハで行われた柔道のマスターズ大会は、半年後の東京五輪を見据えて日本勢もトップ選手が参戦。ここで採用されたのも外部との接触を遮断する「バブル」方式だ。

日本選手が出発から帰国までに受けたPCR検査は計6回に及んだという。現地では会場とホテルの往復に行動が厳しく限定され、密集回避のため練習場使用も時間制だった。

2020年10月~11月、ハンガリーのブダペストで集中開催された競泳のチーム対抗賞金大会、国際リーグ(ISL)もコロナ禍の新たな大会を浮き彫りにした。

日本からは男子の萩野公介(ブリヂストン)や女子の大橋悠依(イトマン東進)らトップ選手が参加。大会主催者は約1カ月間、選手らの行動をドナウ川の島にある宿舎と会場の往復に限定し、応援中のマスク着用も義務付けた。違反するとチームから減点するルールも定めたという。ただ定期的にPCR検査を実施し、感染防止策を徹底したことで選手団から一人の感染者も出なかった。

バドで陽性者相次ぐ、「バブル」式の課題も

一方、外部と遮断する「バブル」方式で完全にウイルスを閉め出すのが難しいのも事実だ。

1月にバンコクで集中開催されたバドミントンのワールドツアー、タイ・オープンでは入国後のPCR検査で陽性となる選手や関係者が相次ぎ、コロナ禍での大会運営の難しさを突きつけた。対戦相手のコーチが陽性となり、試合を棄権する例も。度重なる検査で大量の鼻血が出たとして改善を求める声も上がった。

この大会は男子シングルス世界ランキング1位の桃田賢斗(NTT東日本)が成田空港で受けたPCR検査で陽性反応を示し、桃田選手以外の全選手も派遣を中止したが、中国も選手団の参加を取りやめたという。

2月8日開幕のテニスの四大大会、全豪オープンではチャーター機で入国した選手・関係者の感染が判明。錦織圭(日清食品)ら同乗した選手72人が2週間の隔離措置対象となった。ホテルに缶詰め状態となった選手からは入国後の練習環境の「公平性」を巡って、不満の声も出ている。

NBAは選手に精神的な忍耐を強いて長期間シーズンを戦うのは困難とし、新シーズンは「バブル開催」を断念した。

選手村はクラスターのリスクも

東京五輪・パラリンピックではこうした事例を踏まえ、さまざまな対応策が求められそうだ。大会組織委員会は選手らの行動範囲を競技会場と練習会場、選手村に制限。移動にも専用車両を用意する予定だが、各国・選手団が一つ屋根の下で生活する選手村は「クラスター化」のリスクも伴う。

国際交流の場でもある選手村は感染防止のため、今大会は滞在期間を厳しく制限。五輪の入村は競技開始5日前からとし、競技終了2日後までに退去を求められるが、各国ごとのフロア分けだけでなく、選手村で食事するダイニングルーム、各会場で陽性者が出た時の対応など綿密なルール設定がさらに必要だろう。

大会が大規模で長期にわたれば、自ずと「バブル」開催内の異空間での感染対策と精神的なストレスを減らす環境づくりが重要性を増してくる。こうした課題と対策が「新たな五輪」の大きなテーマとなりそうだ。

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