50%か無観客、6月に最終判断「無観客も覚悟」
新型コロナウイルスの影響で1年延期された東京五輪・パラリンピックは、感染力が強い変異株の世界的な拡大で「無観客開催」も現実的な選択肢として強まっている。
大会組織委員会、東京都、政府、国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)の各代表による5者協議は4月28日、テレビ電話会議で開かれ、観客数上限を6月に決定することで合意。国内スポーツイベントなどにおける上限規制に準じることを基本に判断すると決めたが、現実的には収容人員の50%か無観客の2択に絞られており、組織委の橋本聖子会長は記者会見で「無観客の覚悟も持っている。現段階でフルスタジアムは非常に厳しい」と強めに踏み込んだ発言が話題となった。
組織委やIOCは3月に海外からの観客受け入れを断念する決断を下したが、五輪開催可否の最終的な切り札ともなり得る前代未聞の無観客開催のメリットとデメリットはどんなことが考えられるのか探ってみた。
900億円のチケット収入ゼロ、経済損失2兆円超と試算
まず分かりやすいデメリットから見ていくと、無観客とする場合、組織委は900億円と見込むチケット収入を全て失うことになる。会場の飲食やグッズ販売にも当然影響してくるのは必至で、スポンサーにとっても大きな打撃だ。
五輪の招致段階では組織委が赤字になった場合、東京都が負担するとしており、財源の不足が生じた場合には東京都などと協議する可能性がある。
さらに場合によっては既に販売済みチケットの払い戻しや宿泊施設のキャンセルなどを巡る訴訟リスクの懸念も出てくる。
関西大の宮本勝浩名誉教授(理論経済学)は無観客で開催された場合、経済的損失は約2兆4133億円に上るとの試算を公表。五輪準備局が試算した経済効果を基に各種損失を計上し、大会参加者や観戦者、家計の消費支出などで約7198億円の損失を見込んだ。
1年間大会が延期されたことに伴って約6408億円、大会後のスポーツ振興などで約1兆527億円の損失が出るとした。
また五輪が中止の場合、経済的損失は約4兆5151億円としている。
テレビ放送権収入でIOCは支障なしもアスリートの記録に影響?
新型コロナで史上初の延期となった大会は3月に海外からの観客を断念した時点で、既に安倍晋三前首相が掲げた「完全な形」での開催は実現しないことになっている。
各国からアスリートや観客が集い、国際交流や平和の推進に貢献するといった五輪本来の歴史的な意義も薄れ、政府のインバウンド(訪日外国人客)回復戦略も大幅な見直しを迫られる。
ところが、IOCはバッハ会長がコロナ禍で「タブーはない」と発言しているように「無観客」への抵抗感はそこまで大きくないとみられる。もちろんスタジアムの熱狂がなければ五輪の価値が大きく下がるのは承知しているが、ビジネスモデルで最も重要なのはむしろ世界で40億人とも言われるテレビ視聴者だからだ。
IOC収入の7割以上を支えるのがテレビ放送権料。そこから各国際競技連盟や各国・地域のオリンピック委員会に分配している仕組みがある。無観客でも、テレビ放送ができればIOCにとって大きな支障はないと指摘する関係者は少なくない。
近年は国際映像を使ったインターネットでの動画配信も始まり、ネット観戦を活用した戦略は新しいビジネスを生む可能性もあるだろう。
ただ一方で、会場の声援がアスリートの限界を超える世界記録や五輪記録につながる雰囲気を生み出すのも事実。「目に見えない力」が五輪の歴史を生み出してきたことを考えると、無観客開催で記録やパフォーマンスに少なからず影響が出るとの見方も出ている。
無観客のメリットはコロナ対策の負担軽減とリスク回避
では無観客のメリットはどこにあるのか。国内のワクチン接種が遅々として進まない現状を踏まえると、最大の効果はコロナ対策とクラスターのリスク回避につながる点だ。海外から外国人観客を受け入れないのに、なぜワクチン未接種の国内の観客だけは認めるのかという批判にも公平性の観点で説明がつく。
特にコロナ対策は外部との接触を極力避ける「バブル」方式で開催される方針だが、五輪で約1万1000人、パラで約4400人の選手数に加え、来日するコーチや審判員など大会関係者は数万人規模。原則毎日検査を実施し、行動範囲は原則公共交通機関の使用も禁じられ、観光地、レストラン、バー、ジムなどに行くことも認められない。
そんな厳戒態勢を求められる異例の大会運営で、無観客となれば暑さ対策や警備の面でも大幅に人材やコストの負担が減るのは間違いない。
チケット再抽選は混乱必至、リモート観戦で新ビジネスも
満席のスタジアムは無理でも五輪のレガシーを後世に少しでも残そうと、仮に観客の上限を5000人や1万人などとする案は、開会式や人気競技のチケット保有者の再抽選が必要となり、さらなる混乱が起きる懸念もある。
コロナ再拡大で緊急事態宣言の先行きが見通せない中、判断のタイミングも難しく、大会直前だとシステム上、間に合わない可能性も出てくる。
2012年ロンドン五輪・パラリンピックを大成功に導いた大会組織委会長で、世界陸連会長でもあるセバスチャン・コー氏(英国)は英BBC放送に「もちろん騒がしくて情熱的な観客に参加してほしいが、五輪を開催できる唯一の方法が無観客ならば、全員それを受け入れるだろう」との見解を述べた。
世界のスポーツ事情を見れば、観客を入れて開催するケースも増えてきているが、コロナ禍で渡航制限のある時代だからこそ、新たな観戦スタイルも広がりつつある。
日本のプロ野球やJリーグでも最先端技術を駆使していつでもどこでも楽しめる双方向型のリモート観戦スタイルの動きが出てきた。フェンシングではインターネット中継から寄付できる「投げ銭」システムも導入。日本協会の太田雄貴会長は「変化を恐れないというのが重要なポイント」と語っている。
仮に五輪が安全最優先で無観客開催となれば、コロナ禍で揺れる五輪の新たな在り方を模索する機会になるかもしれない。
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