糸井嘉男と西勇輝が仕掛け人
今季限りの退任を表明し、何かと波紋を呼んでいた阪神の矢野燿大監督(53)が23日、沖縄・宜野座でのキャンプ地でナインから早くも「胴上げ」されるという仰天の出来事が起きた。
練習前の声出しを担当する「1日主将」を務めた糸井嘉男外野手(40)、西勇輝投手(31)の計らいによる“予祝”で実現。この動画が球団の公式ツイッターで公開されると短時間で2000件以上の「いいね!」が押されたというが…。
まだ2月のこの時期に3度宙に舞った指揮官は「うれしいサプライズで気持ちよかったです。考えてくれた(糸井)嘉男と(西)勇輝に感謝。今シーズンもそのような思いで戦ってくれているということは本当に俺にとってはありがたいこと」と声を弾ませた。
キャンプイン直前の退任表明も驚きだったが、今度はさらに胴上げも敢行…。ネット上では「優勝してからやらないと」「いくら何でも能天気過ぎる」など否定的な声も少なくなかったが、今一度、矢野監督の“予祝”へのこだわりを振り返ってみたい。
試合前からスコアブックに「近本三塁打」
“予祝”とはあらかじめ祝うという前祝いのこと。夢や目標など未来の姿を先に祝ってしまうことで実現させようとする願いのことだ。矢野監督はひすいこたろう氏の著書『前祝いの法則 予祝のススメ』に感銘を受け、実践してきた。
2019年の監督就任時から取材インタビューなどで「阪神タイガースが優勝、そして日本一になりました!」と自ら宣言。マスコミ相手だけではなく、シーズン中には、盛大に開催された東京政財界の面々による阪神の後援会「虎喜会(トラッキー会)」の壇上で「阪神の優勝、おめでとうございます」「おかげさまで優勝できました!」などとあいさつし、集まった一流企業の重役らを面食らわせた。
信じる者こそ、何とやらというが、矢野監督がこだわる“予祝”はチーム内にも飛び火。あるフロント幹部は「監督だけでなく我々、フロント、選手もそれをやっていこうということ。まだ試合結果も出てないのにヒーローが誰かと想定してヒーローインタビューの準備をしたり、遠征先の食事会場でも“予祝”で盛り上がっている」と明かしている。
例えば後半戦開幕カードとなった中日戦(ナゴヤドーム)で控え組の陽川尚将内野手(30)が1戦目に本塁打を決めた翌日、球団は「2戦連発おめでとうございます」と“予祝”して試合前からテレビ局にインタビューを依頼し、想定問答まで設定。
食事会場では糸井ら主力組に「(球宴でサイクル安打を達成した)近本選手に続くサイクル安打、おめでとうございました!」と呼びかけ、選手も「おかげさまで打てました」と返答するなど、大いに盛り上がっている。
他にも試合前の真っ白なスコアブックに「近本三塁打」とわざと記入し「これも予祝のひとつ」(球団関係者)とするなど、チーム挙げての“予祝ラッシュ”を徹底していたのだ。
キャンプに30冊の本を持参する読書家
何もここまで…と言う気もするが、チームに“予祝”を流行らせた矢野監督は元々が独特だ。「オレは別に偉いわけでもないし、監督が上で選手が下とかはない。だから“矢野さん”と呼んでくれたらいい」と異例の“さん付け”をナインに奨励していたし、試合中は「矢野ガッツ」と呼ばれる感情むき出しのポーズを決め、勝った試合後には本当に感動して「男泣き」する場面もあった。
大の読書家でキャンプ中は30冊もの本を持参。当時ブームだったアドラーの心理学ものはすべて読破し、ナインにも勧めていた。また、「物事は取りよう。コップに半分の水があって、この水が半分しかないと思う人がいれば、まだ半分もあると思う人もいる。大変か楽しみかは全部自分で決められること」と“コップの水理論”を説き、不振続きのナインを「負けが込んでいてもまだ4月ということでしょ」と奮起させたのは記憶に新しい。
矢野監督から何度か聞いた言葉がある。「“言霊”というものがあって、それを言い続けることで本当のことになる。オレは監督をやる限り、それを続けていきたい」と…。前代未聞となった早すぎる退任表明と胴上げ。賛否は当然覚悟の上だろうが、今は本当のこととなると信じるしかない。
《ライタープロフィール》
岩崎正範(いわさき・まさのり)京都生まれ。1992年から2021年6月まで東京スポーツ新聞社に勤務。プロ野球の阪神タイガースを中心に読売ジャイアンツ、オリックスバファローズ、ニューヨークヤンキースなどを取材。現在はフリーライター。
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