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オリックス・バファローズの歴代監督がチームに残したモノ

2016 7/31 18:20
京セラドーム
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2004年に2つの球団が合併して誕生したオリックス・バファローズ。古くから続く名門球団である。阪急ブレーブス時代からの歴代監督たちが何を残したのか。3人の監督をピックアップして、彼らが残した記録や育てた名選手を紹介する。

仰木彬

仰木彬は、近鉄バファローズ、オリックス・ブルーウェーブの黄金期を築いた名将中の名将だ。仰木監督が率いた2つの球団が後に合併することになることを考えると、何ともドラマティックな縁を感じてしまう。
近鉄ではリーグ優勝、オリックスでは日本一にも輝いている。また、オリックスでは11年連続でAクラス入りを果たすなど、監督としての手腕は誰もが認めるすばらしい実績だ。

しかし、仰木監督がチームに残したモノは実績だけではない。球団のみならず日本球界、果てはメジャーリーグで大活躍した2人の名選手を育てあげたことだろう。1人はトルネード投法で大活躍した野茂秀雄。そしてもう1人は、今なお現役メジャーリーガーとして活躍するイチローだ。
2人はトルネード投法、振り子打法など個性的な身体の使い方をする選手だ。普通なら矯正されてしまい、つぶされてしまいそうなものだが、仰木監督は決して矯正することはなかった。好きにやらせたらいいと彼らの意向をくみ取り、名選手に育てあげたのだ。口で言うのは簡単だが、なかなか出来ることではない。

西本幸雄

西本幸雄はオリックス・バファローズの前身となる球団、阪急ブレーブス、近鉄バファローズを率いた名将だ。
阪急ブレーブスで監督を務めた11年間で5度のリーグ優勝を成し遂げている。また、近鉄時代もリーグ優勝を成し遂げるなど輝かしい実績を誇っている。しかし、西本監督は8度日本シリーズに挑戦するが、一度も勝つことができなかった。そのため、「悲運の闘将」と呼ばれたりもする。

西本監督が残したのは、球団史に残るリーグ制覇の記録だけではない。彼は類まれな選手育成の手腕を発揮し、数々の名選手を育てあげている。13年連続盗塁王に輝いた福本豊、首位打者、打点王を獲得した加藤秀司、アンダースローの投手として球界史上最多283勝の山田久志など。オリックス・バファローズの球団史に残るだけでなく、日本球界全体の宝と言っていい名選手を育てた功績はすばらしいものだ。

上田利治

西本監督の後を受け、阪急ブレーブスからオリックス・ブレーブスまで、1974年?1990年もの長期にわたって監督としてチームの指揮を執ったのが上田利治監督だ。
上田監督がオリックス・バファローズに残したモノ。それは、球団史上初となる日本一に輝いたという記録だろう。5回のリーグ優勝とともに、球団初となる悲願の日本一を達成する。西本監督と共に二人で阪急ブレーブス、オリックス・ブレーブスの初期にかけて黄金期を築きあげた。古くからオリックス・バファローズを応援しているファンなら、名将は?と聞かれればこの2人の監督の名前を挙げる方も多いだろう。

まとめ

球団のオーナーや体制が変わり、オリックス・バファローズと名前こそ変わったが、日本球界がまだ1リーグ制だった頃から続く名門だけに今回ご紹介した3人の監督は、まさに球界を代表する名伯楽ばかりだ。
中でも仰木監督が育てた教え子たち、野茂秀雄、イチローは、日本球界のみならずアメリカのメジャーリーグでもすばらしい実績を残している。彼らは野球界全体の宝と言っていいだろう。オリックス・バファローズの中から、今後どんな選手たちが活躍してくれるのか楽しみだ。

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