早めの勝負を乗り切ったサフィラ
ヴィクトリアマイルの前哨戦、阪神牝馬Sはサフィラが勝ち、2着アルジーヌ、3着ラヴァンダで決まった。勝ち時計1.32.8はマイルになってから2位タイ。全体時計の速さは前週大阪杯レコードに続き、阪神芝の状態のよさを証明した。
それも序盤600m35.5、前半800m通過47.5の緩い流れでの記録だから、いかに後半が速かったか。加速しやすいのは外回り3、4コーナー、そして直線部分の状態のよさゆえ。これだけ完璧に近い馬場状態だけに桜花賞当日の雨が憎い。
後半800m45.3、上がり600m33.4のラップ構成は11.9-11.2-10.8-11.4。好位勢が直線まで待たず、4コーナー手前から仕掛け、直線前半10.8で脱落戦に。前でしっかり残したサフィラはスローに恵まれただけではない。10.8に対応し、急坂を11.4でまとめたのはサフィラの実力でもある。
ただ、全体的に緩い流れで終盤まで流れたのはサフィラにとって走りやすかったのは確か。父ハーツクライ、母サロミナなので、兄にはサリオスがいる。サフィラは兄がコントレイルと真っ向勝負を挑んだ翌年の産駒で、兄を意識した配合でもある。
兄は朝日杯FSを制したが、ムーア騎手が着差をつけているにもかかわらず、大きなアクションでビシビシ追っていた。おそらくマイルだと反応的に物足りなかったのだろう。本質は中距離で、ムーア騎手はアクションで適性を暗示した。実際、マイル戦勝利はこれが最後。古馬になって香港マイル、安田記念ともに3着と、あと一歩足りなかった。
スローで試された中距離志向
実際、サロミナの血統はサラキア、サリエラと牝馬でも中距離タイプばかり。サフィラもアルテミスS2着があるものの、条件戦からのリスタート後は1800mで勝ち、マイルで負けており、得意は1800m前後の中距離の流れだろう。
ひと腰溜める場面で息を入れ、後半に備える形がベストであり、マイル戦特有の一定のスピードで流れる競馬だと脚が溜まりきらない。そんなキャラだからこそ、マイル戦でも超スローだったから上手に走れた。昨秋から積極的な競馬を試みたことも合わさり、スローの2番手という絶好位できっちり脚を溜められた。
溜めをつくれさえすれば、伸びる。格上挑戦ではあったが、3歳時はクラシック出走歴があり、決して実績負けしない。一方で、スローになったことで、中距離で必要な溜めを活かせたのも事実。ヴィクトリアマイルもスローが多いGⅠだが、阪神牝馬Sほど流れない可能性は低い。
どんな形で溜めをつくれるか、次走のポイントはここだろう。とはいえ、ドイツ牝系特有の成長力にハーツクライだから、もっとよくなる可能性を秘める。板についた好位からの競馬は流れに左右されない強みもある。
高速馬場で強いアルジーヌ
2着アルジーヌは枠なりに好位のインに潜り込んだことで、流れにきれいに乗った。先行か内か。スローになった時点で選択肢は2点に限られるレースであり、アルジーヌの形はベストに近かった。直線入り口で勝ったサフィラと4着ビヨンドザヴァレーの間でわずかに待たされた分、最後は届かなかったか。
それにしても急遽の乗り替わりでも上手に走れており、操縦性の高さを示した。母キャトルフィーユの一族は中山牝馬S連覇レディアルバローザ、エンジェルフェイス、そして母自身と、牝馬限定重賞に強い。重賞レベルに達するのは牝馬ばかりの不思議な一族だ。
キャトルフィーユはどちらかというと小回り適性が高かったが、アルジーヌは長い直線での追い比べで強さを発揮する。とはいえ、小回りで成績が下がるわけでもなく、対応できる。全体時計が速い決着に適性を感じるのはいかにもロードカナロア産駒。高速馬場では味方につけたい一頭だ。
3着ラヴァンダはサフィラと同じく格上挑戦で好走した。こちらも昨年はオークス、秋華賞に出走。秋華賞4着と実力はオープン馬と互角だった。
シルバーステート産駒は母系のシルヴァーホークからくるロベルト系っぽさを感じるだけに、今回、スローで差し込んできたのは大きい。おそらく充実期を迎えており、向かない流れでも出せる力は発揮した。もっと厳しい流れでこそ輝くだろう。牡馬相手でも楽しめるのではないか。
母の母ゴッドインチーフは99年桜花賞3番人気4着。プリモディーネの強襲に屈した。桜花賞前日のマイル重賞が似合う一頭でもあった。

《ライタープロフィール》
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースオーサーを務める。『オルフェーヴル伝説 世界を驚かせた金色の暴君』(星海社新書)に寄稿。
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