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「人のために投げる」ヤクルト奥川恭伸が実践する星稜の伝統と両親の教え

2021 11/23 06:00柏原誠
ヤクルトの奥川恭伸,ⒸSPAIA
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ⒸSPAIA

日本シリーズ初戦で7回1失点の好投

ヤクルト・奥川恭伸投手(20)の躍進が止まらない。セ・リーグのクライマックス・シリーズ(CS)ファイナルステージの初戦の先発に抜擢されると、巨人打線を完封。プロ2年間で初めての9回完投を、最高の結果で成し遂げた。

さらには、日本シリーズでも“開幕投手”に指名され、球界を代表する投手のオリックス・山本由伸と投げ合った。6回1失点の山本を内容でも上回る7回1失点。惜しくも勝利はつかめなかったが、飛躍の1年の集大成ともいえる投球を披露した。

ここ一番の集中力、爆発的なパフォーマンスはめざましい。高卒2年目にしてこのような大役を果たすことができるのは、メンタリティに一因がある。

誤解を恐れず表現するなら、奥川は「人のために投げる」投手である。最大のモチベーションは、自分を支えてくれる人たちに報いること。星稜(石川)時代は「支えてくれた控えの3年生のために」「負けていった高校の思いも背負って」という発言を繰り返した。重い責任を背負い込むことで、自分の力に変えた。まさにエースとしての姿があった。

星稜の伝統にも通じる。山下智茂元監督(現名誉監督)の時代から、背番号をもらったメンバーは「控え部員のためにプレーすること」と説かれる。

宇ノ気中学では、親身に指導にあたってくれた監督らに恩返ししたいと、右腕に力を込め、全国優勝までたどり着いた。両親には「いつも感謝の気持ちを持ちなさい」と教えられて育った。奥川の全身には、そういった多くの人々の思いが染みわたっている。

165球を投げ抜いた智弁和歌山戦

日本シリーズ初戦。感情をあらわにする奥川の姿が印象的だった。ヤクルトに得点が入れば満面の笑みでガッツポーズ。オリックス・モヤに一時同点アーチを浴びると、マウンドにしゃがみ込んで悔しがった。奥川が目指すのは「勝てる投手」。チームメートとともに勝利をつかむ、その瞬間の充実感のためにマウンドで闘っている。

勝ちにこだわり、試合に入れ込むあまり、反動にさいなまれることもあった。3年夏の甲子園3回戦、智弁和歌山戦はその典型だろう。延長に入っても150キロを連発し、延長14回を165球で投げ抜いた。強力打線を相手に23奪三振、3安打、1失点。驚異の数字を残して、事実上の決勝戦ともいわれた注目カードを制した。

伝説的な快投のあと、奥川はほとんど燃え尽きていた。その後、準決勝、決勝と好投はしたものの、本来の姿には戻らなかった。1カ月後のU18W杯でカナダ代表を18奪三振、7回1失点に抑えたのはさすがだったが、周囲によると、とても日本代表のエースが務まるコンディションではなかったそうだ。

プロに入って、より専門的なトレーニングを積み、1年目は主に二軍で経験を重ねた。2年目の今季は高津臣吾監督の配慮で、登板間隔を空けながらの先発を繰り返し、9勝を挙げた。これから体力が充実するにつれて、週1回の先発など、新たなステップを踏んでいくのだろう。

指先の感覚や修正力など、長所を示す要素は数多い。しかし、肉体とメンタルが合致した際に放たれる特別な力こそが、奥川の真のすごみと感じている。

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