「ラグビーのまち釜石」に新たなスタジアムが完成
8月3日に釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアムの完成披露のため、メディア向け見学会が実施された。「ラグビーのまち釜石」のシンボルとなる同スタジアムは、釜石ならではの特徴が随所に見られた。ここでは、その魅力について紹介していく。
今回お披露目されたスタジアムは、メインスタンド、バックスタンドに6,000席を備え、W杯開催時には仮設スタンド10,000席を増設し、合計16,000席のスタジアムとなる。仮設スタンドの工事開始は来年初頭で、座席は地元の杉を活用したものに加え、熊本県から寄贈のものを設置する予定だ。さらに、仮設のモバイル照明や大型映像装置を設置し、W杯の大会基準を満たすスタジアムが完成する。
W杯終了後は常設スタンドのみ残ることになるが、人口に見合った維持管理や様々な形での利活用を想定した設計となった。ラグビーだけでなく、サッカーや地域の運動会、グラウンドゴルフ、子供たちの夢であるスタジアムコンサート等の開催も検討中だという。
海と山、川に囲まれた自然豊かな場所に建設されており、自然に溶け込んだ景観で地域の憩いの場として親しまれるスタジアムとなりそうだ。
地元の森林資源のフル活用
スタジアムを歩いていると、いたるところで木材が使用されていることに気づく。これは、昨年5月に起きた尾崎半島での山林火災で表面が焼けてしまった杉の木、約800本を利用してつくられたもの。また、スタジアムの周りを囲っている風よけ、日よけのためのルーバーやメインスタンドの常設トイレ等にも使用されている。
さらに、常設スタンドの座席にもこの杉が利用されており、杉の良い香りを感じながら観戦を楽しむことができる。こちらの座席は、メインスタンド、とバックスタンドのうち約5,000席に設置されており、さらにこれから工事が始まる仮設スタンドにも約6,000席が設けられる予定だ。この座席の耐用年数は約3~5年で、状態を見て地元の森林組合が順次交換を行っていき、撤去された座席は、木質バイオマスとして火力発電所の燃料に再利用され、環境にも配慮した設計となっている。
このように、山、川、海、そして杉の木をふんだんに使った、釜石の自然空間を活かしたスタジアムとなっており、「釜石の自然でおもてなししたい」という想いが詰まった場所となっている。
各地の想いが詰まった絆シートと最新鋭の天然芝
杉の座席以外にも、特徴的なシートがある。メインスタンドの最前に設置された、その名も「絆シート」。W杯開催を支援するために全国各地から寄贈された座席だ。
メインスタンド中央最前には東京ドームの改修時に寄贈された座席を120席、その左右に北上市寄贈の旧国立競技場の座席(いわて国体開催時に国立競技場の改修に伴って北上市に寄贈されたもの)と熊本県民総合運動公園陸上競技場の座席(熊本県から寄贈)をそれぞれ240席設置。特に熊本の座席は、ラグビーW杯開催にあたって改修する際に寄贈されたもので、「同じ被災地、同じW杯開催地で一緒に頑張っていきましょう」という想いが詰まった座席となっている。
また、メイングラウンドの芝生には、ハイパフォーマンスなプレーが実現できるようにと、日本で初導入のハイブリッド型天然芝「エアファイバー」を採用。この芝は、フランスで実績がある床土改良型と呼ばれるものである。
表面上は普通の天然芝だが、下層にマイクロファイバーという人工の繊維質とコルクを混ぜ合わせたものが積層されている。この層と芝の根が絡みつくことによって、はがれにくく、床ずれが起きにくい構造となっており、従来の天然芝に比べ非常に耐久性が高い。また、保水性にも優れており、水撒きの頻度低減が見込め、メンテナンス性にも優れた芝だ。
防災避難のシンボリックな場所として
同スタジアムは、2011年東日本大震災前、鵜住居小学校・釜石東中学校があった跡地に建設されている。両校は、震災の際、生徒600人全員が無事に避難できたことで世界的に注目を集めた。このことは、地域にとって明るい光であり、かけがえのない教訓となっている。そのため、釜石鵜住居復興スタジアムも震災からの学びを後世に伝え、受け継いでいく、防災避難のシンボリックな場所としての役割を担う。
しかし、津波の被害が大きかったため、海外から訪れる観戦者の立場で考えると、津波が来た場所というイメージが強く、安心して観戦するには不安が残る。その不安を和らげるために、釜石市は防災に力を入れており、津波の避難シミュレーションを実施し、最寄りの高台に何分で到達できるか、万が一津波が来た時にどう誘導すれば効率的に逃げられるか、といった避難及び防災計画を策定した。
また、津波の際の緊急避難に備え、スタジアムのすぐ裏手には2か所の避難場所があり、緊急避難道として全長約1,300mの森林作業道が活用できる。万が一逃げ遅れてしまった場合や、逃げるのに時間がかかる人でも安心してすぐ山道に逃げることができ、東日本大震災の教訓が活かされた設計だ。
他にもバックスタンド裏の地中には、耐震性の貯水槽及び貯留槽を設置。W杯開催時には、飲水、トイレ用水としてそれぞれ使用するほか、震災等の災害時の消火や災害復旧のためにも利用可能だ。
ラグビーW杯を通じて、釜石を世界へ発信
今回取材を行って、ラグビーW杯へ向けての意気込みだけでなく、ラグビーを通して震災からの復興、そして釜石市全体を盛り上げていきたいという想いがひしひしと伝わってきた。釜石市では、地元の子供たちがラグビーW杯で訪れる世界の人々と交流し、一緒になってふるさとづくりをするための取り組みも準備している。
ぜひ釜石鵜住居復興スタジアムに足を運ぶ際には、試合観戦だけでなく、そういった取り組みに触れ、震災からの8年の歩みを体感していただきたい。そして、チームや選手を応援するその熱量に釜石の想いも乗せて、世界へ発信してほしい。