6選手が計23度の本塁打王に輝く
プロ野球の2020年シーズンもいよいよ終盤戦。ペナントの行方とともに気になるのが個人タイトル争いだ。
1950年の2リーグ分立以降で個人タイトルを獲得した選手数を球団別に調べてみた。本塁打王は下表の通りとなっている。
本塁打王のタイトルを獲得した選手が最も多い球団は中日と日本ハム。巨人はセ・リーグ4位の6人となっている。ただ、王貞治が一人で15度もタイトルを獲得しており、回数では12球団トップの23度を誇る。今回は巨人の歴代本塁打王を振り返ってみたい。
青田昇に長嶋茂雄、王貞治は15回のタイトル獲得
1リーグ時代は中島治康や川上哲治、青田昇らが名を連ねているが、2リーグ分立後に巨人で初めて本塁打王に輝いたのは青田昇だった。
1942年に巨人に入団した青田は、1リーグ時代の1948年に25本塁打、打率.306で2冠王に輝き、1951年には32本塁打、105打点で2度目の2冠王。1953年から洋松ロビンスに移籍すると、1954年に31本、1956年に25本、1957年に22本でタイトル獲得した。計5度の本塁打王で通算265本塁打をマークしている。
「ミスタージャイアンツ」長嶋茂雄は首位打者6回、打点王に5回輝いているが、本塁打王は2回。新人だった1958年は29本塁打、92打点で二冠王、1961年には28本塁打、打率.353で再び二冠王に輝いた。
通算868本塁打を放った王貞治は、本塁打王15回、打点王13回、首位打者5回のタイトルを獲得している。プロ4年目の1962年に38本塁打、85打点で二冠王に輝くと、そこから驚異の13年連続本塁打王。1964年には、2013年にヤクルト・バレンティンに破られるまでプロ野球記録だった55本塁打を放った。
1975年は33本塁打で阪神・田淵幸一にキングの座を譲ったが、1976年は49本塁打、1977年は50本塁打でタイトル奪回。868本塁打は現在も世界記録となっている。