高橋源一郎監督が交流試合開催決定直後に話したこと
コロナで春のセンバツ、さらには夏の甲子園予選を断念せざるを得なかった2020年。唯一の救いは「交流試合」の開催が決まり、そこに向けて出場できる学校があったことだ。小山宣宏の著書『コロナに翻弄された甲子園』には、中京大中京の高橋源一郎監督の当時の心境が綴られている。
2020年6月10日、日本高野連は8月10日から甲子園球場で春のセンバツに出場予定だった32校を招待して、「2020甲子園高校野球交流試合」を開催すると発表した。高橋源一郎監督は選手たちに大きな目標を持たせられるとともに、「かけがえのない経験ができる」とその決定を心から喜んだ。
「選手たちを甲子園の舞台に立たせることができるというのは、正直ありがたいと思いました。選手たちも喜んでいましたし、新たな目標を設定することができたということが非常に大きかったですね」
決定直後、高橋は選手全員を集めてこんな話をした。
「全国の高校球児が甲子園で戦うことを諦めたなか、うちには甲子園で戦うことのできる権利が1試合、得られたんだぞ。みんなはこれからどうしたいんだ?」
選手たちの目つきは明らかに変わっていた。高橋は続けた。
「甲子園で優勝するという目標はなくなったけど、こんな状況下でも甲子園でプレーできる機会が与えられたことに感謝すべきなんじゃないのか? そうだとしたらできる限りの練習をして、万全のコンディションで戦おうじゃないか」
高橋は選手たちの目を見て、強い覚悟を感じていた。
3年生全員で挑んだ代替大会
6月1日から分散登校が開始され、野球部も練習が再開された。練習時間は16時から2時間だけ。中京大中京高校の「建学の精神」に記載されている「ルールを守る」ことを念頭においての活動だった。
コロナ対策にも余念がなかった。密になる行為を避けるのはもちろんのこと、検温や手指消毒といった、ごく基本的なことを守るよう、チーム内で徹底させた。選手たちも愛知県の代替試合と甲子園の交流試合が行えるという新たな目標に向かって、体調管理には余念がなかった。
1カ月後の7月4日、愛知県の代替大会が始まった。高橋は大会前から3年生全員を起用することを決めていた。
本来であれば、3月から練習試合が始まり、センバツ大会が終われば春の県大会、その後は全国の強豪校との練習試合が控えていたわけだが、コロナの影響ですべてが吹き飛んでしまった。「この大会だけは3年生にとって野球部での最後の思い出となってほしい」と高橋は願っていた。
この大会に優勝したからと言って、その先の甲子園はない。だが、3年生全員の力を結集させての愛知県制覇には非常に価値があると高橋は評価していた。
「今まででしたら実力を評価して試合に起用していました。当然、3年生といえどもメンバーに選ばれない者もいました。
けれどもこの大会は違います。3年生全員に『Chukyo』のロゴの入ったユニフォームを着て戦ってほしかった。それで優勝することができたのですから、喜びもひとしおでした」
陰でコツコツと努力を積み重ねていた髙橋宏斗
この大会の先には待ち焦がれていた甲子園の交流試合がある。エースの髙橋宏斗(現中日)には檜舞台で100%の力を発揮してほしかった。
さまざまな制約があるなか、中京大中京は6月中旬以降に愛工大名電、7月に入ってからは智弁和歌山と練習試合を行った。チームを率いる中谷仁監督の「髙橋宏君と対戦したい」というたっての願いだったが、監督である高橋も望むところだった。全国屈指の強力打線を相手に、髙橋宏の力がどこまで通用するのか把握したかった。
髙橋宏はコロナで学校が休校になっていたときも数人の仲間と集まって練習をしていた。もちろん学校のグラウンドは使えないし、学校外の有料グラウンドも貸し出しを行っていなかった。それでも人目につかない場所を探しては、キャッチボールやピッチング練習などを密かにやっていたことを、高橋は知っていた。
「宏斗と一緒に練習をやっていた捕手の印出(太一・現早稲田大)から、今日はこれだけ投げましたとか、サーキットトレーニングをこれだけの時間やっていましたというように、逐一メールで報告が入っていたのです。彼に限らず、大学に進学しても野球を続けたいという選手たちは皆、どこか場所を探しては練習をやっていました。
これは勉強に置き換えても同じことが言えると思うのです。たとえ休学で自宅学習が中心になってしまっても、志望大学があれば合格できるように勉強しますよね? 私は勉強が野球に変わっただけでも、同じことが言えるんじゃないかと考えさせられました」
1つ上のさらなる目標を作ることの大切さを、高橋は彼らの姿勢から学んだ。
Ⓒ双葉社
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