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巨大化した甲子園が「高校野球の聖地」と呼ばれなくなる日

指示を出す井戸伸年総監督Ⓒ関メディベースボール学院
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Ⓒ関メディベースボール学院

泣いて電話をかけてくる球児の親

第102回全国高校野球選手権大会の中止が決まった。米騒動のあった1918年、戦争の影響を受けた1941年に続いて3度目の中止。新型コロナウイルスの感染拡大リスクを払拭できず、主催の朝日新聞社と高野連としても苦渋の決断だっただろう。

現役の高校球児だけでなく、各界の高校野球を愛する人たちからの悲嘆の声がやまない。春のセンバツに続き、3年生にとっては最後の大目標がなくなるのだから、その心境を思うと胸が痛む。

中学生から大卒までを対象に、野球の技術やトレーニング法などを教えている関メディベースボール学院(兵庫県西宮市)の井戸伸年総監督の携帯電話は、中止が発表された5月20日から鳴りっぱなしという。同学院中等部で指導を受けた生徒が全国の強豪校に進んでおり、その親から悲しさとやるせなさに満ちた連絡が届くのだ。

「親御さんが泣きながら電話してきます。子供を遠方の高校に行かせてる人なんか、進路の不安もあるし、本当につらいでしょう」

野球は高校までと決めている3年生は集大成を披露する場がなくなり、卒業後も野球を続けたい3年生にとっては、進路にも計り知れない影響が出る。有力選手は高校時代の実績によって大学や社会人チーム、あるいはプロに進むことになるが、その物差しがないと受け入れ側も実力を見極められない。親にとっても、単に「残念」では済まないのだ。

今や高校野球は単なるクラブ活動の域を超えている。親は我が子が幼い頃から学習塾に通わせるのと同じように、少年野球チームに入れる。お金をかけて高い水準の指導を受けさせ、名門校で甲子園に出場し、有名大学、あわよくばプロへ。そんな誰もが憧れるサクセスストーリーを、親も一緒に夢見ている。習う対象が勉強か野球かの違いだけだ。

最近の高校球児が親に対する感謝の言葉をよく口にするのは、そんな親の姿を間近で見ているせいもあるだろう。甲子園の中止は、結果的に家族の夢を奪ってしまった。その喪失感は想像に難くない。しかし、それは本来あるべき姿なのだろうか。

甲子園は通過点、「その先」を教える大切さ

全国大会の会場として、甲子園球場は最高の器だ。美しい天然芝、水はけのいい黒土、5万人近い観衆を収容するスタンド、青い空に白い雲。近年、問題になっている熱中症対策としてドーム球場使用を訴える声もあるが、決して甲子園の替えは利かないだろう。

そんな夢の舞台だからこそ、球児は必死にプレーし、必死にプレーするから感動の名シーンが生まれる。それを否定するつもりは毛頭ないし、メディアに携わる者として自戒を込めて言えば、大会ごとに報道も過熱する。効果的なBGMを流して感動物語を演出し、それを見た子供たちが甲子園に憧れを抱く。その無限ループを繰り返すうち、「甲子園」という存在が、あまりにも巨大化しすぎたのではないだろうか。

幼い頃からの目標が突然なくなった3年生が悲しむのは当然だ。しかし、周囲の大人が一緒に落ち込んでいてはいけない。球児が目標を見失わないように諭し、選択肢を提示するのが親や指導者の役割ではないか。

先述した関メディベースボール学院の井戸総監督は元プロ野球選手。兵庫・育英高校2年生時に夏の甲子園で優勝したものの、井戸氏はベンチにすら入れず、3年夏の兵庫県大会は初戦敗退だった。卒業後は大学(徳山大)、社会人(住友金属鹿島)、米大リーグ・ホワイトソックス1Aでプレーし、2002年ドラフト9位で近鉄に入団。プロ入りの夢を果たしたのは26歳と遅かった。

「目標がなかったら厳しい練習を続けられない。僕はプロという目標があったから遠回りしても乗り越えられました。甲子園はあくまで通過点。最終目標ではないんです」

甲子園で燃え尽きてしまったり、目標がなくなって廃人のようになってしまうのは本当にもったいない。逆に甲子園に出場したから偉い訳でももちろんない。野球に限らず、甲子園の先にある大切なものを教えるのは大人の務めのはずだ。

国立を目指さない高校サッカーのユースチーム

関メディベースボール学院には高等学校通信科がある。元々は高校中退したり、強豪校の野球部をドロップアウトした選手が、野球をしながら通信教育で高校卒業資格を得られるようにするための受け皿だったが、最近は中学を卒業してストレートに入ってくる生徒もいる。

同学院は高野連に加盟していないため、甲子園を目指すことすらできない。それでも部員数が100人を超えるような強豪校の野球部で3年間、球拾いをするより、よりハイレベルで理論に基づいた指導を受けることによって、最短距離で日本のプロやメジャーを目指そうとする若者は存在するのだ。

高校サッカーでは、冬の全国高校選手権の準決勝、決勝が開催され、2014年に閉鎖された旧国立競技場が「聖地」と呼ばれていた。しかし、Jリーグができてからは、高校のサッカー部には入らず、Jリーグクラブのユースチームに入る選手も多い。「聖地」の地位は相対的に下がり、国立には目もくれずにJリーガーや海外リーグを目指す選手は確実に増えている。

高校球界も変わりつつあるとはいえ、旧態依然の体質が残っていたり、行き過ぎた指導がニュースになることは今でもある。大好きだったはずの野球が、周囲の大人のエゴによって嫌いになるようなことはあってはならない。

少し前まで夢のまた夢だったメジャーが現実的な目標になり得る時代だ。神格化するかのように甲子園を「聖地」と呼ぶ高校野球の在り方が問われており、それに関わる周囲の大人は考え方を見直さなければならない。甲子園が全てでは決してない。

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