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道下美里らブラインドマラソンランナーを支える伴走者の難易度と役割

2021 10/7 06:00富田明未
東京パラリンピックで優勝した道下美里,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

道下美里と堀越信司が東京パラリンピックのマラソンでメダル獲得

9月5日に行われた東京パラリンピックの女子マラソン(T12)に出場した道下美里が3時間0分50秒で金メダルを獲得した。2位のエレーナ・パウトワに3分以上の差をつけてフィニッシュ。2016年のリオデジャネイロ大会では金メダルに一歩届かず、3時間6分52秒で2位だった道下は、悔しさを原動力にして練習を積み重ね、見事に優勝した。

東京パラリンピック女子マラソン成績


男子マラソン(T12)では、堀越信司が2時間28分1秒で銅メダルを獲得。元々トラックの選手だった堀越がマラソン競技を始めたのは、2012年のロンドン大会に出場した後だった。2016年のリオデジャネイロ大会のマラソンでは、惜しくも4位でゴール。今回の東京大会で初めてメダルを手にした。

東京パラリンピック男子マラソン成績

ブラインドマラソンが普及した背景

現在はブラインドマラソンの大会やイベントが多く開催されているが、日本はこれまでどのような取り組みを行ってきたのだろうか。

日本で初めてブラインドマラソンの大会が開催されたのは1983年に遡る。大阪で行われた第1回全日本盲人健康マラソン大会がブラインドマラソンの普及するきっかけとなった。その翌年には、日本ブラインドマラソン協会が設立。東京を中心に定期練習会が行われるようになり、現在まで続いている。

1988年に開催されたソウルパラリンピックでは、国内から3人のマラソン選手を出し、国際的な活動にも力を入れ始めた。1996年のアトランタ大会では、栁川春己が金メダルを獲得。2008年の北京大会からは国際オリンピック委員会による支援が本格化し、ブラインドマラソンに対する意識が高まった。

現在は競技の公平性を保つために国際パラリンピック委員会がクラス分けの基準を再検討しているという。選手の意見を取り入れながら、2023年まで見直しの作業を続ける。

ブラインドマラソンにおける現時点のクラス分けは以下の通りだ。

ブラインドマラソンのクラス分け


クラスによって伴走者が必須かどうかが決まる。T11にクラス分けされた選手は伴走者が必要だ。T12の場合は伴走者と走るか単独で走るかを選択し、T13の場合は単独で走る。

ブラインドマラソンに欠かせない伴走者の存在

ブラインドマラソンにおいて伴走者は重要な役割を担うため、日本ブラインドマラソン協会は各地方で伴走練習会を積極的に実施している。

道下はT12クラスに属しており、2人の伴走者と東京パラリンピックに挑戦した。普段のトレーニングも「チーム道下」のメンバーと一緒に行ったという。

ランナーと伴走者を繋ぐのは「きずな」と呼ばれる伴走ロープだ。手の振り方や引っ張る強さによって走りに影響が出るため、相手のことを考える必要がある。加えて、レース中の選手をサポートする対応力や、選手に寄り添うための走力が必要になるので、難易度の高いポジションだ。

その分、チームでゴールしたときの喜びは倍以上。東京パラリンピックで道下を支えたのは志田淳氏と青山由佳氏だった。道下は2人の支えがなかったら、金メダルを獲得できていなかったと感じている。

陸上競技はリレーなどの種目を除くと1人で挑戦する個人種目がほとんどだ。しかし、結果を出すためにトレーニングを重ねていくには、指導者やマネージャー、選手同士の支えが欠かせない。ブラインドマラソンは、裏で選手をサポートしている人の存在を思い出させる競技と言えるだろう。

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