「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

【スポーツ×地域】第3回 スポーツ×地域で最も成功している地方都市②

2019 1/18 15:00藤本倫史
広島東洋カープ,ⒸSPAIA
このエントリーをはてなブックマークに追加

球団発足2年目での経営難

前回は広島市と広島東洋カープについて述べた。今回は、その広島東洋カープの経営史から大きな転換点となる、球団発足2年目での経営難、2004年の球界再編問題と旧広島市民球場の老朽化問題について述べる。

この経営史については、拙著「我らがカープは優勝できる!?」(南々社)で、年代別に区分けした。(それぞれについて詳しく述べているので、気になる方はご覧いただければと思う)

1949年~1955年の草創期は、カープが広島市との関係構築を行った時期である。広島市は1945年の被爆により、大きなダメージを受けた。このことから、被爆からの「復興のシンボル」として球団が創設された。

プロ野球史をみると、戦後のプロ野球球団もしくは本拠地球場は、各都市にとっての復興シンボルだったことがわかる。その後はシンボルとしての機能や役割を果たしながら、経営としては大企業が親会社となり、広告宣伝媒体としての色が強くなっていく。

特に広島では、復興シンボルとしての機能がより強く働いた。カープは厳しく苦しい生活の中に娯楽をもたらし、地域アイデンティティーを醸成するような社会的効果も狙った球団だった。

経営としてもその背景や効果が強く影響し、日本プロスポーツ界の中で、類をみない経営形態として発展していく。

市民球団としての礎

それがまず、地域の経営協力である。広島県、広島・福山・尾道・三原各市などの地方公共団体、地元経済界、個人などがカープに出資している。現在では、地方自治体が協力するのが当たり前だが、この時代では異例の地域密着型の個人株主、いわゆるソシオ制度をここから取り入れていた。

しかし、球団創設2年目の1951年に経営が悪化する。創設当初も厳しかったが、その状況は変わらず放映権料もグッズ収入もなかった。その上、約13,000人と収容人数が少ない広島県総合グランドを本拠地としていたため、チケット収入も少なく、あとはスポンサー収入だけだったカープは経営危機に陥る。

そこで、当時下関市に本拠地のあった大洋ホエールズへの吸収合併が図られたのだが、ここであきらめなかった当時監督の石本秀一氏が広島市とプロスポーツの歴史を変える。

ソシオ制度を地域ごとに組織化する後援会組織の設立案を企画し、なんとか経営陣を説得。合併の話は流れ、実際にこの組織設立は球団の財政を安定的に支えた。後援会組織の発足時には、市民である163支部の13,141会員がほとんど無価値の株券を買い、カープの経営をサポートしている。

こういった礎があり、1957年には旧広島市民球場が開設、1975年には初優勝したのだが、その後の関係性が少しずつ変化したため、1993~2003年まで低迷期となる。そこには、地域での存在価値低迷と、放送権料や入場料収入の減少という二つの問題があった。

そして2つ目の大きな転換期となる2004年、球界再編問題と旧広島市民球場の老朽化問題があがる。

2004年の球界再編問題と旧広島市民球場の老朽化問題

1991年の優勝から遠ざかり、1993年には1974年以来の最下位。1998年からは一度もAクラスに入れず、チーム成績が低迷。また、人びとの価値観の変化や娯楽の多様化、Jリーグの開幕なども影響し視聴率も低下。それまでの球界のシステムから脱却できず、少しずつ球団の経営が難しくなっていったカープ。

この問題を救ったのが、球界再編問題である。2004年の近鉄とオリックスの合併問題をきっかけに、1リーグ構想や球団の合併問題などが議論され、その中でカープも合併するのではないかとの報道が流れた。

この報道は市民に衝撃を与え、「カープが無くなるかもしれない」という不安が、新しいスポーツ×地域の関係を構築させる引き金となった。ある意味、球団合併の危機がカープを救ったのだ。

応援団を中心にカープを広島に存続させる機運が高まり、老朽化が問題視されていた球場も新設することに。地元メディアが中心となり「平成のたる募金」が行われた結果、約1億3千万近くのお金が寄せられ、2009年に開設された新球場建設費に充てられた。そしてこういった歴史が、日本のスタジアムの中でロールモデルとされるマツダスタジアムの誕生へつながっていく。

簡単ではあるが、広島市と広島東洋カープの転換期を見てきた。これを見ると、長い年月をかけて構築された関係性は非常に稀有だ。私のようにスポーツ研究をしているものに限らず、一般の方にとっても興味深いスポーツ×地域のモデルとなっている。

現在、この関係性を象徴しているのがマツダスタジアムである。このマツダスタジアムに触れて、シリーズの最終回にしたい。

《ライタープロフィール》 藤本 倫史(ふじもと・のりふみ) 福山大学 経済学部 経済学科 講師。広島国際学院大学大学院現代社会学研究科博士前期課程修了。大学院修了後、スポーツマネジメント会社を経て、プランナーとして独立。2013年にNPO法人スポーツコミュニティ広島を設立。現在はプロスポーツクラブの経営やスポーツとまちづくりについて研究を行う。著書として『我らがカープは優勝できる!?』(南々社)など。