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プロ野球における背番号48の名選手たち

2018 1/14 15:08mono
ベースボールプレイヤー
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三足のわらじを履いた岩村明憲選手のルーツは「48」

岩隈選手と同じく日本で活躍後にメジャーリーグ移籍を果たした岩村明憲選手は、1996年ドラフト2位で宇和島東高校からヤクルトスワローズへ入団する。
背番号は「48」だった。3年目の2000年にレギュラーを獲得し打率.278(436打数121安打)と結果を残すと、翌2001年からミスタースワローズの背番号「1」へと変更した。2006年まで中心選手として活躍し、ベストナイン2度、ゴールデングラブ賞6度を受賞している。

2006年からはタンパベイ・レイズへ移籍し2010年までメジャーリーグでプレー。2011年に楽天へ入団し日本復帰を果たした。
2013年、2014年は古巣ヤクルトに復帰し、再び背番号「48」を背負っている。2015年から独立リーグの福島ホープスへ移籍。
2017年は、選手兼監督兼球団代表として三足のわらじを履いていた。選手としてはこのシーズン限りで引退し、今後は監督、球団代表として福島を盛り上げていく。

『あらいば』コンビの井端弘和選手も「48」で現役スタート

中日ドラゴンズで『あらいば』として、荒木雅博選手と鉄壁の二遊間を組んでいた井端弘和選手。晩年は読売ジャイアンツへ移籍し、2017年現在はコーチとして後進の育成に努めている。
そんな、井端選手も入団当時は背番号「48」だった。1997年ドラフト5位で亜細亜大学から中日へ入団。入団4年目となる2001年にレギュラーを獲得し、2002年に初のベストナインに輝くと2003年からは背番号「6」へと変更になった。

その後は荒木選手とのコンビで、ゴールデングラブ賞を6年連続(2004年から2009年)同時受賞。荒木選手の二塁、井端選手の遊撃は多くの野球ファンを魅了した。
第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)ではラッキーボーイ的な活躍を見せ、ベストナインにも選ばれた。
2014年、2015年は巨人でプレーし代打の切り札、守備固めなどとして活躍。同級生の高橋由伸監督が現役を引退し監督になると同時に自らも現役を引退。巨人コーチに就任している。

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