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プロ野球における背番号29の名選手たち

2017 12/30 19:05cut
野球ボール
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「サンデー兆治」から「サンデー晋吾」へ

ヒジの故障から「サンデー兆治」として復活した村田兆治選手。その後、ロッテの背番号「29」は4選手を経て、2001年から小野晋吾選手が着用した。小野選手は1993年ドラフト6位で御殿場西高校からロッテへ入団し、背番号は「60」となった。1997年に一軍デビューを果たすものの結果は残せなかった。
しかし、プロ入り7年目となる2000年、日曜日に9連勝を達成したことで突如ブレイクし「サンデー晋吾」と呼ばれ、13勝をマークし最高勝率のタイトルを獲得。そのオフに、村田選手の背負っていた背番号「29」へと変更になった。

2001年以降もロッテの先発として活躍。タイトルの獲得こそなかったものの、2度の二ケタ勝利を達成するなど、ローテーションを守り続けた。2013年に現役を引退するまで85勝(77敗)をマーク。現役引退後はスカウトを経て二軍投手コーチを務めている。

「ベンチがアホやから野球がでけへん」発言の江本孟紀選手

歯に衣着せない物言いが売りでもある江本孟紀選手は、1971年に東映フライヤーズへ入団し1972年から1975年まで南海ホークスでプレーした。1976年から現役引退となる1981年までは、阪神タイガースで戦った江本選手。3球団めの所属となった阪神時代の背番号が「29」だった。

移籍初年度からリーグ最多の36試合に先発し、15勝を挙げる活躍をみせる。1979年まで5年連続で二ケタ勝利を達成するなど先発の柱として大きく貢献し、その後も現役引退までに113勝をマークするなど実績を残している。

江本選手は、1981年に現役引退しているがこれにはエピソードがあるのだ。この年の8月、江本選手が打ち込まれた試合降板後のロッカールームでグラブを投げつけ「ベンチがアホやから野球がでけへん」といった趣旨の発言をし、監督批判ととられ謝罪後に現役引退表明を行った。

この発言に関して江本選手は、実際には言っていないと否定をしていたが、最終的には認めている。

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