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プロ野球における背番号6の名選手たち

2017 9/13 14:03cut
坂本勇人,ⒸSPAIA
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巨人の主将 坂本勇人選手

巨人の主将であり、第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表にも選出された坂本勇人選手はチームでも日本代表でも背番号「6」を背負っている。

1988年生まれの坂本選手は、田中将大選手(ヤンキース)、前田健太選手(ドジャース)、柳田悠岐選手(ソフトバンク)らと同い年。高校時代から注目を集めており、2006年高校生ドラフトで巨人から1位指名され入団した。入団当初の背番号は「61」だった。

入団2年目となる2008年に開幕スタメンを勝ち取ると全144試合に出場。この年から不動の遊撃手となり、同時に背番号も「61」から「6」へ変更した。背番号「6」として迎えた最初の2009年シーズンは、打率.306(581打数178安打)と初の打率3割をマークし、翌2010年には31本塁打と初の30本塁打を記録している。さらに2012年に最多安打、2016年には首位打者に輝き、球界を代表する遊撃手へと成長した。

2018年シーズン終了時点で1711安打を放っているため、ケガさえなければ名球会入りの条件である2000本安打は間違いないと見られる。今や球界を代表する選手が付ける背番号となった巨人の「6」、継承するのはどんな選手なのか今から楽しみだ。

監督でも「6」 金本知憲選手

2016年から3年間、阪神の指揮を執った金本知憲監督の背番号は、現役時代と同じく「6」だった。

1991年ドラフト4位で東北福祉大学から広島に入団した際は背番号「10」だった。入団3年目から頭角を現すと後半戦からレギュラーをつかみ、90試合出場で17本塁打をマーク。1995年には104試合で24本塁打を放った。2000年には打率.315(496打数156安打)、30本塁打、30盗塁とトリプルスリーも達成。その後もタイトルこそ獲得できなかったものの2002年シーズンまで広島の中心選手として活躍、オフにFA宣言し阪神へ移籍した。その時に与えられたのが背番号「6」だった。広島時代に背負った背番号「10」が、阪神では永久欠番だったことも理由のひとつである。

移籍初年度となる2003年にチームはリーグ優勝し、翌2004年には初タイトルとなる打点王(113打点)を獲得。広い甲子園球場を苦にすることはなかった。1492試合連続フルイニング出場を記録するなどチームを牽引し、2012年に惜しまれながら引退した。

阪神監督としては2016年から4位、2位、6位の成績。2018年オフに最下位の責任を取って辞任した。

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