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誰がいる?プロ野球における背番号1の名選手たち

2017 9/13 14:03cut
王貞治,Ⓒゲッティイメージズ
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高卒2年目からクローザー 松井裕樹選手

2012年夏の甲子園で2年生ながら背番号「1」を背負っていた松井裕樹選手。桐光学園(神奈川)のエースとして甲子園に出場し、今治西(愛媛)戦で史上最多となる22奪三振、10者連続奪三振の新記録を樹立した。高校3年時は甲子園出場を逃したが、2013年のドラフト会議において目玉の一人となっていた。

ドラフトでは楽天、DeNA、日本ハム、中日、ソフトバンクの5球団が1巡目で入札。抽選の結果、楽天への入団が決まった。

楽天に入団した松井選手が背負った背番号は高校時代と同じく「1」だった。会見では「高校野球に自分の原点がある。だから1番でスタートしたい」とコメント。思い入れのある番号と明らかにしている。

1年目は先発で起用されたが2年目に中継ぎへ転向。チームメートの故障もあり、抑えに抜擢されると63試合に登板し、3勝2敗33セーブ、防御率0.87の成績を残す。その活躍ぶりから第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表にも選出され、2017年シーズンでも3勝3敗33セーブをマーク。プロ野球において背番号「1」は野手のイメージが強いが、松井投手がイメージを変えるかもしれない。

最後の300勝投手 鈴木啓示選手

近鉄バファローズ一筋20年で、通算317勝をマークした鈴木啓示投手。プロ野球史上4人目の300勝投手でもあり、鈴木投手以降にこの記録を達成した選手はおらず、最後の300勝投手となっている。また、入団当時から背番号「1」をつけ現役引退。のちに近鉄の監督を務めた際は「1」ではなく「70」を着用した。

2004年の球界再編問題によって近鉄が消滅する時点では鈴木投手の背番号「1」はパ・リーグ唯一の永久欠番だった。(※新球団として参入した東北楽天ゴールデンイーグルスの背番号「10」がファンのための番号としてパ・リーグ2つめの永久欠番になる。さらに2018年には星野仙一監督の背番号「77」も欠番となった。また、西武は前身の西鉄時代のエースだった稲尾和久投手の背番号「24」を2012年に永久欠番とした)

しかし、1985年の引退時に制定された永久欠番は、合併したオリックス・バファローズでは永久欠番になっていない。2005年に後藤光尊選手が着用して以降、コリンズ監督、再び後藤選手、ベタンコート選手へと受け継がれ、昨年まで中島宏之選手が使用していた。

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