江夏の21球、阪神フィーバー…日本シリーズの熱戦どこへ
日本シリーズといえば昭和後半の野球少年にとっては一大イベントだった。デーゲームで行われることも多く、土曜日開催の試合などは学校からダッシュで帰ってきてテレビにかじりついたものだ。
それぞれに思い出に残る日本シリーズはあるとは思うが、どれもが名勝負だった。1979年の広島―近鉄では「江夏の21球」が伝説になっている。両軍共に球団史上初の日本一をかけての第7戦。広島の1点リードで迎えた九回、無死満塁の大ピンチを守護神・江夏豊が無失点で切り抜けるドラマだ。
1985年には阪神が真弓明信、ランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布らの率いるダイナマイト打線で日本一となり、虎フィーバーが巻き起こった。1986年はPL学園から入団した高校野球のスーパースター・清原和博擁する西武が、第8戦までもつれた広島とのシリーズを制した。数え挙げればキリがないが、どれもがセ・パの実力が拮抗した素晴らしい激戦だった記憶がある。
セ・リーグの存在意義を問われる?
しかし、2020年、ソフトバンクと巨人が戦った日本シリーズはどうだ。ソフトバンクが4連勝で日本一を果たし、内容的にも巨人が圧倒された。第1戦からのスコアは5-1、13−2、4−0、4-1。第3戦では九回二死から丸佳浩の中前打でノーヒットノーランを阻止するのがやっとという惨憺たる結果だった。
このままではセ・リーグの存在意義にまで関わってしまう。そんな危機感すら覚えてしまうシリーズの結果から、現実逃避を考えるファンも少なくないだろう。
ソフトバンクの第1戦の勝利投手・千賀滉大や第2戦の勝利投手・石川柊太、盗塁王の周東佑京に甲斐拓也、牧原大成も元は育成選手である。NPBの他11球団からすれば、2011年から組織したソフトバンクの3軍制度の成功を見せつけられている気分ではないか。
自由競争や逆指名、希望枠などで大学社会人の有力選手を強奪したきたのならまだ、金にモノを言わせてと言い訳もできる。だが、純然たる育成の成果で強くなられてはぐうの音も出ない。正論に次ぐ正論で妻から小遣いを減らされたサラリーマンのごとく、自分の不甲斐なさを噛み締めるしかない。
2002年の「金満」巨人vs2020年のソフトバンクなら…
振り返れば、巨人は金満運営で屈強のチームを作り上げた時代があった。私が担当記者を務めた2002年などは、その結晶とでもいうべき強力編成だった。
主力のうち上原浩治、高橋尚成、仁志敏久、二岡智宏、高橋由伸、阿部慎之助は逆指名入団。工藤公康、清原和博、江藤智はフリーエージェント移籍組だ。それ以外の生え抜きは桑田真澄と河原純一、松井秀喜、清水隆行ぐらいだった。これだけ贅沢なチームを作れば勝ててしまうだろう。そこまで言っても許される編成だ。
時空を捻じ曲げて、2002年の巨人と2020年のソフトバンクを戦わせてはどうしたものか。「エリート集団」と育成から這い上がってきた「叩き上げ軍団」のがっぷり四つの日本シリーズ。憎らしいほどに強い巨人に喰らい付くという図式で、戦いは非常に盛り上がったはずだ。こんな妄想を書いていると、テレビゲームの世界に居るような錯覚に陥りそうになる。
実戦を多く経験させるソフトバンクの育成方針
このままでは野球というエンタメ自体が危うい。世間の印象ではパ・リーグが強い、パ・リーグが強いと言われるが取材をしていても実際に強い。しかも、理由を理解できる。
本格的に3軍を組織したソフトバンクは、限られたウエスタン・リーグの試合だけではなく独立リーグや大学、社会人、韓国など海外リーグの球団などと遠征を組むなど、とにかく実戦経験を多く積ませる。荒削りだが一芸に秀でた素材に経験という肥料を与え、立派な商品に仕立ててしまう。
こういった手法はルーキーリーグから1A、2A、3Aとマイナーリーグで実戦を重ねて一歩ずつの蓄積でメジャーリーガーを生み出すMLBのシステムに似ている。とはいえ時間も労力も財力も必要なため、今すぐ真似しろといわれても叶うものでもない。
寺原隼人も驚いた厳しい環境
2013年にオリックスからソフトバンクにFA移籍し、古巣にカムバックした寺原隼人を覚えているだろうか。彼は移籍後に「現役最後のユニホームのつもりで地元の九州に帰って野球をしようと、自分に対して良かれと思ってホークスに戻ったんですけどね。次から次へと若いいい選手が出てくるから居場所ないやん。自分の首を絞めたかなと思いましたよ」と自虐的に笑っていた。
ただ、厳しい環境を自覚したからこそ、そこからさらに7年間プラスで現役を続けられたというのも事実だろう。そして、その育成システムは寺原が指導者となった今、生きているに違いない。
主力だけではなく、他にも育成出身の若手はたくさんいる。パ・リーグの試合を見慣れていなければ判別できない野球ファンも多いだろう。だが、そんなことは関係ない。着実に実力を上げて、結果を積めば自ずと名前は世に出る。ソフトバンクが築き上げた新しい時代を、今、リアルに体感できているのかもしれない。
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