野村監督の質問に即答するためデータ収集
5月18日に『常勝チームを作る「最強」ミーティング』(橋上秀樹・カンゼン刊)が上梓された。「参謀」というポジションを経験していくなかで、3人の名将の考え方から教わったこと、「参謀に必要なスキル」について、橋上秀樹氏に聞いた。
楽天、巨人、西武、ヤクルトで13年間、指導者としてユニフォームを着た橋上氏。なかでも楽天時代(2006年から09年)の野村克也監督、巨人時代の原辰徳監督(2012年から14年)、西武の辻発彦監督(2017年から18年)の下で経験を積めたことが大きかったと話す。
楽天時代、野村監督がヘッドコーチに必要としたスキルは、さまざまなデータを先回りして準備しておくことだった。
たとえばノーアウト一塁という場面。このときベンチに座る野村監督から
「このバッターはどこに打球を多く飛ばすんだ?」
「このピッチャーは、2ボール2ストライクのカウントだと、どんな球種を投げてくるんだ?」
というような質問が飛んでくるため、橋上氏は即座に答える必要があった。そのうえ野球は1球ごとに状況が目まぐるしく変わる。その直後の投球がボールで、3ボール2ストライクになると、
「このカウントだと、相手バッテリーは最後に何を投げてくるんだ?」
と質問が続く。そのため、試合前にはさまざまなデータを収集し、あらかじめ下準備しておくことが欠かせなかった。
データは増えれば増えた分だけ、相手がどう攻めてくるのかハッキリと見えてくる。だからこそ、野村監督に聞かれたことはほぼ100%、即座に答えることが可能だったのだ。
最も勝利に貪欲だった原監督の「ある采配」
巨人で戦略コーチを務めていたとき、原監督から教わったことは、「勝つことへのこだわりを強く持つ」ことだった。
「私はこれまでに6人の監督に仕えてきましたが、もっとも勝利に貪欲だったのは原監督でした」 と橋上氏は話す。
ペナントレースの終盤、「ここが勝負どころだ」と見ると、原監督は迷うことなく主力選手に対しても送りバントのサインを出した。たとえバッターボックスに立っている打者が阿部慎之助だろうと、坂本勇人だろうと、遠慮なく送りバントをさせる。
「これってできるようで、簡単にはできないものなんです。たとえばヤクルトの山田哲人や広島の鈴木誠也に送りバントのサインを出せますか?普通ならば『打たせたほうが得点を奪うチャンスが高まる』って考えますよね。でも原監督は違った。1点を争う勝負のときには、たとえ主力選手であっても迷わず送りバントのサインを出していたんです」
橋上氏が驚いたのはそれだけではなかった。送りバントを決めた後のベンチの中を見ると、「ナイスバント!」と首脳陣や選手たちが笑顔で出迎えて、バントを決めた当の選手も笑顔だった。
「低迷しているチームの主力だと、送りバントのサインを出されたことに腹を立てて、ベンチに戻ってきても怒りをあらわにしたり、仏頂面でいることも珍しくありません。でも巨人は違った。チームプレーの大切さを徹底できているんです。『チームが勝つためには個を犠牲にしてでも、チームプレーに徹することが大切なんだ』ということを、教えていただいた気がしています」
「ミスをした原因」を選手に直接聞いた辻監督の真意
ここ数年、多くのスポーツ競技で指導者によるパワハラ問題が露呈されたが、辻監督は選手のことを考え、今の時代に合った指導方法で選手の気持ちをつかんでいった。
たとえば守備でミスをした選手がいたとする。昔の指導者ならベンチに戻るなり「バカヤロー」と怒鳴っていたかもしれないが、辻監督はまったく違う。ミスをした選手の傍に近づいていって、
「どうしてああいうエラーをしてしまったんだ?」
と確認していた。なぜそのポジショニングだったのか、グラブの出し方はどうだったのか、近くを守る選手とコミュニケーションはとれていたのか。細かく聞いていけば、必ず原因が見つかると考えていた。
「ミスをした直後に選手に聞くことが大切なんです。なぜなら選手本人も素直にミスをした場面を振り返って話してくれますし、お互いに納得して『よし、次からは気をつけていこう』と前向きに終わることができるし、後々まで精神的に引きずることもなくなる。そうして同じミスをなくしていこうとしていたのです」と橋上氏は振り返る。
参謀に求められるスキルとは
最後に橋上氏に、「参謀に必要なスキル」について聞いてみた。
「広い視野で物事を考えることができることと、監督によってカラーを変えていくことができるかですね。一般のビジネス社会における、中間管理職と同じ意味合いを持つかもしれませんが、監督と参謀が一体となって、チームをまとめていく。その結果、勝利に結びついていくのです」
橋上氏は参謀としてリーグ優勝4回、日本一1回を経験している。指導者の力量とモラルが問われる中、今の時代に合った指導方法についても詳しく書かれ、実に示唆に富んだ1冊となっていることにも注目したい。
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