NPBでは松井稼頭央と柴田勲が2000安打もMLBでは34人
東京オリンピック野球競技は、日本が全勝で金メダルに輝いたが、福島で行われた第1戦のドミニカ共和国戦は、日本が最終回に3点を取って4-3で逆転サヨナラ勝ちするというきわどい試合だった。
ドミニカ共和国に苦戦した原因はいくつかあるだろうが、ドミニカ打線の9人のうち5人がスイッチヒッターだったこともその一因ではないかと思われる。ドミニカ共和国が挙げた3点はすべてスイッチヒッターによるものだった。
日本でもスイッチヒッターはいるにはいるが、アメリカに比べれば非常に少ない。NPBとMLBのスイッチヒッターの通算安打数ランキングを比較しよう。
NPBでは、松井稼頭央と柴田勲が2000安打を達成している。1000安打以上は上記10選手に加えて、屋敷要(1146安打)、大島公一(1088安打)、木村拓也(1049安打)の計13人だが、MLBではMLB通算安打1位のピート・ローズを筆頭に3000安打以上は2人、2000安打以上は34人もいる。
ちなみにMLB10傑のうち、ローズ、ビスケル、ベルトランを除く7人は野球殿堂入りしている。NPBのスイッチヒッターで殿堂入りした選手はいない。
表からもわかるようにMLBではスイッチヒッターは珍しいものではない。史上最初のスイッチヒッター、ボブ・ファーガソンはすでに1870年代から打席に立っていた。
これに対し、NPBではハワイ出身日系二世で、プロ野球草創期から巨人などでプレーした堀尾文人が最初のスイッチヒッターとされる。しかし、日本でその存在が注目されたのは、1962年に巨人に入団した柴田勲からだった。
法政二高時代、甲子園の優勝投手になった柴田は巨人入団後、外野手に転向し両打ちに挑戦した。柴田はV9巨人のリードオフマンとして盗塁王を6回獲得。スイッチヒッターとして初の2000安打を記録した。
それ以後、柴田に続いて多くのスイッチヒッターが登場したわけではない。NPBではいつの時代でもスイッチヒッターは「希少種」だった。
本塁打も多いメジャーのスイッチヒッター
さらに日米のスイッチヒッターでは、大きな差異がある。それは「長打」だ。
NPBのスイッチヒッターはほとんどがリードオフマンタイプ、スピード感のある選手だが、MLBには両打ちのスラッガーがたくさんいる。
MLBの本塁打数1位はヤンキースのミッキー・マントル。通算安打数はスイッチヒッターでは16位の2415安打だが、本塁打王に4回、三冠王に1回輝き、「史上最高のスイッチヒッター」と呼ばれた。このマントルを筆頭に300本塁打以上9人、200本塁打以上は29人いる。
これに対し、NPBは松永浩美の203本塁打が最多。200本塁打以上は2人、100本塁打以上も7人しかいない。NPBの10傑には、セギノール、デストラーデ、オンティベロスと外国人選手が3人いる。
今季のNPB現役選手は育成を含めて949人いるが、このうちスイッチヒッターは16人、率にして1.7%だ。
巨人 投手:サンチェス、メルセデス、内野手:若林晃弘
阪神 内野手:植田海、外野手:ロハスジュニア
中日 外野手:藤井淳志、加藤翔平、内野手:ワカマツ(育成)
DeNA 投手:三嶋一輝、内野手:デラロサ(育成)
西武 内野手:川野涼多、外野手:金子侑司
楽天 外野手:田中和基
日本ハム 内野手:杉谷拳士、外野手:宮田輝星(育成)
オリックス 外野手:佐野皓大
現役スイッチヒッターの最多安打は西武・金子の653安打、最多本塁打は中日・藤井の45本塁打だ。
ちなみにMLBの現役選手ではダイヤモンドバックス、アズドルバル・カブレラの1751安打を筆頭に1000安打以上が5人、本塁打はロイヤルズのカルロス・サンタナの257本塁打を筆頭に100本塁打以上が10人いる。
経験者が少なくスイッチヒッターが根付かない日本
なぜ、日本ではスイッチヒッターが定着しないのか。端的に言えば、日本ではスイッチヒッターの歴史は「点」であり、「線」や「面」になっていない。日本初の本格的なスイッチヒッターとして活躍した柴田勲やその他の打者も、自分で編み出した技術を後輩に教えたり、貴重な経験を若手に伝えたりしていないのではないか。
唯一の例外は広島の古葉竹識監督だろう。1980年代、高橋慶彦を両打ちの先頭打者として売り出すと、山崎隆三、正田耕三と若手打者を次々とスイッチヒッターに仕立てて大成させた。しかし、1985年に古葉監督が退任するとともに、その伝統は断ち切れてしまった。
アメリカやカリブ諸国の少年野球では、メジャーリーガーを目指す選手が両打ちに挑戦するのは珍しくない。MLBでも左打者は、左投手がマウンドに上がると交代させられることが多いが、スイッチヒッターならその恐れは少なくなり、「いいアイディアだ」と指導者たちも推奨する。経験者も多いので良いアドバイスができるなど、MLBではスイッチヒッターの系譜ができていると言える。
日本ではそうした機運はない。最近の高校野球の指導者の中には「スイッチヒッターに挑戦したいのなら、やらせてあげたい」という人が結構いる。昔と違って「選手の自主性を尊重する」指導者が多いのだ。しかし「やってみたら、とは言うけども、経験がないし、周囲にいなかったので具体的な指導はできない」というのが正直なところ。結局、文化が育っていないのだ。
日本の打者は技術レベルが高いとされる。スイッチヒッターの文化が根付けば、両打ちの名選手もたくさん登場するはずだ。大変な挑戦ではあろうが、野球をより奥深いものにするためにも、スイッチヒッターに挑戦する選手が出てきてほしい。
【関連記事】
・絶滅危惧種のスイッチヒッター。かつては松井稼頭央や高橋慶彦など多士済々
・レギュラーと実力は紙一重?現役の「二軍の大打者」通算安打数ランキング
・日本ハム斎藤佑樹、スター番号「1」を背負う右腕をもう一度1軍で見られるか?