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サンフレッチェ広島の歴史の中心にいた背番号7番と8番

2017 11/10 12:24Aki
サンフレッチェ広島のサポーター
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日本有数のサッカー王国、広島

Jリーグオリジナル10と呼ばれる、1992年のJリーグ発足時に加盟した10クラブ。この10クラブの中で最も長い歴史を持っているのは、1938年に誕生した東洋工業(現マツダ)サッカー部をルーツに持つサンフレッチェ広島だ。
今でこそサッカー王国といえば静岡県のイメージが強いが、かつては埼玉県や兵庫県などと並んで広島県もその1つだった。日本サッカー界において広島は中心的な存在だったのだ。

広島でサッカーが盛んになったのは、第一次世界大戦の敗戦国となり広島に収容されたドイツ人捕虜との交流がきっかけである。
ちなみにサンフレッチェ広島のチームカラーである紫は世界的にも珍しい色だが、当時の広島サッカー界で中心的な存在であった広島中学(現広島県立広島国泰寺高等学校)のスクールカラーからとられたものだ。
近年は同じ紫をクラブカラーとする京都サンガFCとの住み分けもあり、紫の中でも青みがかったバイオレットをクラブカラーとしている。青は東洋工業(現マツダ)サッカー部のチームカラーだ。

こうした長い歴史を持つ広島は、選手として活躍した人物だけでなく、日本サッカー協会会長をはじめ、元日本代表監督、複数のクラブ創設者、Jリーグ創設における功労者など、日本サッカー界を支えた人物を多く排出している。
現在の広島サッカーを代表する存在であるサンフレッチェ広島は、そんな100年以上前から積み重ねてきた広島サッカーの歴史を受け継いでいるのだ。

サンフレッチェ広島の特別な番号

1992年に誕生したサンフレッチェ広島が重ねてきた歴史の一部は、これまで選手がつけてきた背番号で振り返ることが出来る。
例えばサンフレッチェ広島の背番号1番。サッカーにおける守護神がつけるこの番号は、固定番号制となった1997年以降、前川和也氏、下田崇氏、西川周作選手が背負い、現在は林卓人選手がつけている。

この4人に共通しているのは、全員が日本代表選手であることだ。Jリーグの歴史の中で、毎年、常に誰かが背負っていた番号でありながら、その全員が日本代表選手となっているのは、サンフレッチェ広島の1番しかない。
他にサンフレッチェ広島の特別な番号となっているのは17番だ。フィールドプレーヤーとしてはJ1史上初の100試合連続フルタイム出場を達成し、サンフレッチェ広島の選手として初のJ1通算350試合出場を達成した「鉄人」服部公太氏がつけた番号である。

しかしこれらの番号以上に特別な番号だといえるのが「7番」と「8番」。 サンフレッチェ広島でこの2つの番号は、他の番号とは異なる意味を持っている。

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