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変化が見られ始めた大宮アルディージャの背番号10番

2017 11/10 12:24Aki
背番号10 オレンジ
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エースナンバー、背番号10番

サッカーにおいてエースナンバーといえば背番号10番。かつてはポジションを表す番号でしかなかった背番号だが、サッカーの王様と呼ばれたペレ氏がブラジル代表で背番号10番を背負った事で、世界的にエースナンバーとして知られるようになった。

しかし、そのポジションを表す番号であった事を今に残している部分もある。
それは世界的に背番号10番をつける選手のプレースタイルが国によって異なることで、同じエースナンバーではあるが、ゲームメーカータイプの選手とストライカータイプの選手に大きく二分される。
もともと10番がミッドフィルダーの番号だった南米ではゲームメーカータイプの選手が、フォワードの番号だったヨーロッパではストライカータイプの選手がつける傾向にあるのだ。

そんな中で大宮アルディージャは、これまでストライカータイプの選手に10番を託してきたクラブ。これは、大宮アルディージャがクラブ設立時からオランダ人指導者を多く招いており、ヨーロッパサッカー、特にオランダサッカーの影響を強く受けているからこそなのだろう。

大宮アルディージャで10番をつけた選手たち

大宮アルディージャでこれまで背番号10番を背負ってきた選手を振り返ってみよう。
J2に加盟した1999年、10番を背負っていたのは当時としては珍しかったカメルーン国籍のエドウィン氏。しかしシーズン途中に退団すると、イングランド出身のマーク氏へと引き継がれる。
その後パナマ国籍のアンデルソン氏、ブラジル国籍のジョルジーニョ氏と引き継がれるが、彼らはいずれも1年を越えて背番号10番を背負い続けたことは無かった。

クラブ史上初めて2シーズンに渡って10番をつけたのは、クラブ史上初の日本人10番である黒崎 比差支(現黒崎久志)氏。
Jリーグ創成期に鹿島アントラーズのストライカーとして活躍した黒崎氏がキャリアの晩年に選んだクラブが大宮アルディージャで、2002年、2003年と2シーズンに渡って主力としてプレーした後に引退。2013年から2017年シーズン途中まで、大宮アルディージャでコーチも務めている。

その後、ブラジル国籍のダニエル氏が10番を背負うもシーズン途中で退団。J1に昇格した翌2005年は川崎フロンターレやFC東京、浦和レッズでもプレーしたトゥット氏。2006年はマルティネス氏、2007年はエニウトン氏とつけ、2008年からの2シーズンはデニス・マルケス氏。そして、2010年から2012年途中までの2シーズン半はラファエル選手。2017年現在までこのラファエル選手が10番をつけた2年半が最長記録となっている。

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