クラブ史上初のJ3降格
2019年はJ1を戦っていた松本山雅が、ついにJ3降格となった。11月28日、勝たなければならなかったSC相模原戦に引き分け、同日ツエーゲン金沢が劇的勝利を収めたためJ2残留の可能性が消滅してしまった。
終わってみれば、山雅は紛れもなくJ2最弱だった。まだシーズン最終戦で20位に順位を上げる可能性はあるが、現状は「4チームが降格するコロナ禍の特例」という言い訳が通用しない最下位だ。41試合を終え、7勝13分け21敗。シーズンの半分で敗戦し、積み重ねたゴールは35と下から4番目、積もりに積もった失点は69と断トツの最下位。
驚いたのは、シーズン途中の監督交代で成績を持ち直すどころか、むしろ悪化させてしまっていたという事実だ。19節の大宮アルディージャ戦までチームを率いた柴田峡監督体制下では、19試合で 4勝7分8敗、勝ち点19。16ゴール30失点、クリーンシートは6、平均ボール支配率47.5%で平均チャンス構築率は10.2%だった。
しかし名波浩監督が就任した20節以降から直近のSC相模原戦の前までの22試合では、3勝5分13敗で得た勝ち点はわずか14。18ゴール38失点、クリーンシートはなんと1試合のみで守備が完全に崩壊、攻撃サッカーを掲げながら平均ボール支配率は47.3%、平均チャンス構築率は10.3%と監督交代前と変わらなかった。
繰り返された「勝たなければならない」という言葉に重みはなく、最後は10試合勝ちなしで終幕。残留を期待できる要素は、ほとんどなかった。
噛み合わなかった現場とフロント
歯車が狂い始めたのは今シーズン開幕前のシーズンオフからだろう。2020シーズン途中からチームを率いた柴田監督について松本山雅の神田社長は当初、「柴田はあくまで暫定」「柴田のベストは現場を少し離れたところから見るポジション」と述べ、新しい監督探しをしていく上での「繋ぎ」であることを公言していたが監督探しは難航し、なかなか後任を見つけられなかった。また2020シーズン後半戦の好成績も相まって2021シーズンも続投が決まった。
昨季後半戦の躍動の要因は強固なプレッシング戦術にあり、それを実現させていたのは当時在籍していた選手たちへ戦術を浸透させられたことが大きかったが、強化部が今季開幕前に彼らの多くを引き抜きや契約満了で放出。新たに21人の新加入選手を迎え、35人の大所帯で新チームをスタートさせた。強引すぎる刷新だった。
さらに開幕前のキャンプでケガ人が増えてしまい、チーム戦術を浸透させることができなかった。結果、反町康治氏が根付かせた受動的なイメージから脱却するためにクラブが要求した「攻撃的かつ能動的」な新戦術の浸透に失敗。そんな状態で開幕したシーズンが上手くいくはずもなく、最終的に山雅はクラブに長く貢献してきた柴田監督も切ってしまった。
また、名波監督を迎えた直後の夏の移籍期間。確実に戦力になるセルジーニョの復帰には成功したが、明らかに人員過多のセンターフォワードとボランチを整理しきれないまま名波監督が希望したストライカー伊藤翔を横浜FCから期限付きで獲得。
しかし誰しもの目に明らかだった最重要補強ポイント、不安定で未熟なセンターバック陣には一切手を加えることはなかった。後ろの憂いを断つことができなければ前進できない。現場とフロント、特に強化部が噛み合っていないことは明らかだった。
降格の匂いがした2つのターニングポイント
山雅の今季の低迷と降格を予感させたターニングポイントはいくつかあったが、その内2つだけ上げるとするならば、シーズン前半戦と後半戦それぞれの栃木SC戦だったように思う。
シーズン前半戦の栃木SC戦では0-3の完敗という結果もあったがそれ以上に、山雅のゴールキーパー村山智彦の頭を思いっきり蹴り上げた栃木SCのラフプレーが話題に。村山は自身のSNSで公に批判した。
議論の的となったこの事件は後日、両クラブが声明を出す事態となった。しかし松本山雅の声明には、「村山がSNSで間違った発信をしたので非常に遺憾に思っており、再発防止に努めます」という趣旨の記載しかなかった。
たしかに「選手のSNSの発信が誤解を招いた」ことについての謝罪は妥当だ。しかしあくまでも村山は選手生命にかかわるようなラフプレーの被害者だ。クラブが村山をサポートしていくという姿勢を公に示すことはなかった。選手を応援しようという趣向が強い松本山雅のファンやサポーターにとっては非常に後味の悪い出来事となり、フロントへの不信感が強まった。
さらに競技面でも残留が厳しいことが決定的になったのは、シーズン後半戦の第33節栃木SC戦だったのではないだろうか。残り10試合となった重要な一戦で因縁の相手をホームに迎えた山雅は0-1で敗れた。しかしこの日、山雅が見せたのは素晴らしい攻撃サッカーだったのだ。
基本布陣3-4-1-2でスタートした山雅は前半こそ攻撃がうまくいかなかったが、後半から攻撃時3-1-5-1に変形する可変システムを採用。栃木SCの4-4-2ブロックの間に選手がどんどん侵入し、面白いようにパスを繋ぐことができた。
デザインされた決定機も何度も訪れたが、チャンスを決めきることができずに敗戦。それでも名波監督の見事な修正と、サポーターが待ち望んだ「能動的」「攻撃的」な魅力あふれる光景がそこにはあった。残り9試合だとしてもこのサッカーをしていれば生き残れると、そう思えた。
しかし次のファジアーノ岡山戦では、出場した選手も栃木SC戦とほとんど変わっていないにもかかわらず、せっかく手に入れたこの可変システムを完全に放棄してしまっていたのだ。
岡山の布陣は栃木と同じ4-4-2。もちろん相手の強度や練度も違うため同じことを繰り返すことは容易ではないかもしれないが、せっかく見つけた最適解を試すこともせず、攻撃で圧力を加えられないため結果守備も崩壊。0-3の完敗で高揚していたムードが一気に萎んでいった。
栃木SC戦をきっかけに得た希望を自ら手放してしまった。それ以降最後まで、名波監督のもとで結果が出ることはなかった。
「奇跡のクラブ」はどこへ向かうのか
降格が決まったその日の夕方、「松本山雅が名波監督への続投を要請した」と地元紙が伝えた。「攻撃的なスタイルを示してくれている」と名波監督を評価しているという。
順番が違うだろう。来年のカテゴリーが決まった以上、確かに早く強化部が動かないといい選手はどんどん移籍市場からいなくなっていく。そのためには監督は早く決まった方が良いのは間違いない。
しかし、まずはスポンサーやサポーターへの説明責任を果たすべきではないか。なぜJ2でも上から5番目の人件費予算を誇り、熱烈なサポーターや地元企業からの応援を受け急成長した「奇跡のクラブ」が2年連続で低迷し、ついにはJ3降格となってしまったのか。
同じタイミングでJ2降格したジュビロ磐田は今年J2優勝を決めたが、なぜ山雅は最下位なのか。何が上手くいって、何が上手くいかなかったのか。前述したような不備を修正できず前任の柴田監督よりも成績が悪い名波監督を「攻撃的」と評価する理由は何か。フロントはどう責任を取るのか。
どんな監督を呼んでどんなサッカーを目指し、松本山雅をどうしていきたいのかは社長や強化部が変わった後の後任が決めることのはずだ。つまりは今のところ、何も変わらないということだ。やはり山雅のフロントには、強いチームを作るための大切な何かが欠けている気がする。
筆者の知人に、山雅のスポンサーをやっている熱心なファンがいる。
「GM加藤さんが築き上げてきた素晴らしい山雅を、この2年間で加藤さんが自ら更地に戻してしまった。山雅が壊れていくのを見るのが辛い」「強化部には不信感しかない。2年続けてのチーム構築の失敗の説明をスポンサーにしてくれない」彼はそう述べ、悲しみと憤りを伝えてくれた。
と同時に、「正直、勝てなくてもいい。山雅は僕にとって唯一無二の心のクラブ。でもスポンサーやファンの皆さんが誇りに思えるような戦いをしてほしい」と山雅というクラブへの愛情を滲ませていた。この想いを裏切ってはいけないはずだ。
私たちサポーターにも慢心はなかっただろうか。「なんだかんだ山雅は大丈夫だろう」と油断してはいなかっただろうか。クラブのすべてを肯定することは、すべてにとって無関心だともいえないだろうか。
J3からの再起を図る「奇跡のクラブ」松本山雅に関わる全ての人にとって重要な逆襲の1年は、すでに始まっている。
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