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日本人初のAWA世界ヘビー級王者、ジャンボ鶴田の生涯とは

2017 2/9 09:26
プロレス
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出典: http://news.infoseek.co.jp

プロレス好きな人も、あまり知らない人も、その名前を知っている人は多いのではないでしょうか。3冠ヘビー級初代王者にまで上りつめた伝説のプロレスラー、ジャンボ鶴田さんの、生い立ちや功績などをご紹介します。

ジャンボ鶴田さんの生い立ち・その1

ジャンボ鶴田さんは、とても大きなブドウ農園を営んでいる両親のもとに生まれました。その当時は体が小さく女の子のようだったので「友美」という名前を付けられたそうです。
中央大学法学部で学生をしていた頃までは、ずっとバスケットボールをしていました。ただ、バスケットボールではプロになれないこと、日本の実力ではオリンピックに出られないことから、バスケットボール部を退部しました。その後、オリンピックに出場にむけ自分の体格を活かせるような競技を探し、大学のレスリング部に入部を希望しました。

ジャンボ鶴田さんの生い立ち・その2

レスリング部への入部を希望するも、「一つのスポーツをやりとおすことのできない奴は何をやってもダメ」とのことで一度入部を断られますが、大学3年生になったときにレスリング部から逆にオファーが来たそうです。そこからはレスリングの日本代表に選ばれるなど才能を開花させていきました。
そのレスリングの実績を見たジャイアント馬場さんからスカウトを受けてプロレスの世界に入りました。ジャンボ鶴田さんは最初プロレスに対して偏見を持っていたそうです。ですが、父親が亡くなったことにより、自分の人生に挑戦してみようと思いプロ入りを決意したとのことです。

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