「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

日本人初のAWA世界ヘビー級王者、ジャンボ鶴田の生涯とは

2017 2/9 09:26
プロレスリング,ⒸShutterstock.com
このエントリーをはてなブックマークに追加

全日本プロレスに入団したジャンボ鶴田選手

ジャンボ鶴田さんは、プロレスに入団してしばらく経った後、テキサス州のアマリロにいるザ・ファンクスの下で修行を積みました。その時一緒に修行したスタン・ハンセンさんとはとても気が合う仲だったそうです。このとき、スタン・ハンセンさんよりも重いベンチプレスを持ち上げていました。
その後、1973年についにプロデビュー。2ヶ月後にはNWA世界ヘビー級王座に抜擢されました。その後、スタン・ハンセンさんとパートナーを組み、インターナショナル・タッグ王座に挑戦しました。

ジャンボ鶴田さんのプロレスでの功績

ジャンボ鶴田さんがプロレスをしてきた中で獲得してきた主なタイトルをご紹介します。
3度載冠した「三冠ヘビー級王座」、「AWA世界ヘビー級の王座」、5度戴冠した「UNヘビー級王座」、天龍源一郎さん、ジャイアント馬場さん、谷津嘉章さんをパートナーとして戦った「インターナショナル・タッグ王座」、谷津嘉章さんと2代目タイガーマスクさんをパートナーとして戦った「PWF世界タッグ王座」、7度戴冠した「世界タッグ王座」、ジャイアント馬場さんと組んだ「NWA認定デトロイトタッグ王座」など、さまざまな功績を残してきました。

ジャンボ鶴田さんのプロレス引退後

1999年2月20日に引退の記者会見を行ったジャンボ鶴田さん。その後、3月6日に引退セレモニーを行いました。引退後はスポーツ生理学を教えるために、研究の交流プロフェッサーの制度を利用してオレゴン州にあるポーランド州立大学に着任することになりました。
教授になる話の前後に元々B型肝炎を患っていたようで、その後病に伏します。肝硬変が肝臓癌へ悪化して、最終的に肝臓移植をすることを決断します。しかし、移植手術中に大量出血をして、そのまま帰らぬ人となりました。2000年5月13日、49歳という若さでした。

まとめ

ジャンボ鶴田さんの生い立ちや今まで残してきた功績、引退後の足跡を辿ってみました。プロレスに興味を持った方も、プロレスを好きな人も、選手それぞれの生い立ちなどを知ることで、もっと奥深くプロレスを楽しむことが出来そうですね。

おすすめの記事