8月に入り移籍市場が解禁
シーズン後半を迎えている自転車ロードレース界。8月に入り、来季に向けた移籍市場が解禁になった。
市場の扉が開いて早々に、過去3度世界王者に輝くなどトップスターの1人であるペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ、スロバキア)のチーム トタルエナジーズ入りが発表された。その後も現在のレースシーンを引っ張る有力選手の移籍が続々と決定している。
8月後半は、大きなレースが開催されている関係もあり、移籍に関する話題はいったん落ち着いている。だが、9月に入ればまたビッグトピックを見聞きできるはずだ。かねがね移籍が噂されている選手や、水面下で契約を結んでいると思われている選手、移籍が秒読み段階まで来ていると報じられる選手の話題は尽きず、どこかのタイミングから軒並み発表される可能性もある。
自転車ロードレース界の移籍も他のスポーツと同様に、翌シーズン以降のチーム力に大きく関係する。それだけに、トップライダーによる環境を変える決断は、大きな注目を集める。
移籍市場の実情
自転車ロードレースにおける移籍のシステムについて確認していこう。
最も重要なのが、翌シーズン所属するチームとの正式な契約や発表は8月1日からとすることが、競技を統括するUCI(国際自転車競技連合)によって定められている点だ。「8月に入り、移籍市場が解禁」と前述したのは、この規定が関係している。
ただ、戦力補強にかかわる活動は早い時期から行われているのが実情で、獲得を目指す選手に対してチーム側がオファーを出していたり、水面下での交渉といった動きはシーズン序盤から行われているようだ。ビッグネームともなると前年の段階から、といったケースもあるという。
また、例年6月下旬から7月中旬に開催されるツール・ド・フランス期間中に交渉を進めているチームや選手もいるとされ、今年も何かしらの進展があった事例がいくつかあると見られている。
自転車ロードレースの本場、ヨーロッパではシーズンインの頃からトップ選手の移籍の可能性が常に報じられ、移籍が「既定路線」と見られている選手の多くは、翌シーズン移籍するチームと相思相愛になっている。
スター選手ともなれば、信頼しているアシスト選手(レース内外のサポート役となる選手)を引き連れて、もしくは他チームから指名して同時加入を求めるといった条件提示がなされることもしばしば。サガンの移籍に際しても、普段から彼を支える2選手が一緒に移ることが決まっている。
また、機材スポーツという特性から、自転車ブランドとともにチームを移るパターンもある。前記したサガンであれば、アメリカ資本のスペシャライズド社と長年歩みをともにしており、彼の獲得と合わせてチームが同社と契約する流れがこのところ続いている。新天地であるチーム トタルエナジーズも、来季からはスペシャライズド製のバイクを採用する予定だ。
ちなみに、移籍市場に並ぶ選手の大多数が、その年に契約最終年を迎えていることも押さえておきたい。野球・メジャーリーグでいえばFA、サッカーでいえばフリー移籍とほぼ同様だ。サッカーであれば、ヨーロッパの5大リーグを中心に契約年数を残した選手を「売り頃」として市場に上げるケースも見られるが、自転車ロードレースの場合は移籍金を発生させる慣習がなく、さらには契約途中での移籍は「ご法度」との見方も強い。
近年ではトップ選手の多くが複数年契約をチームと結ぶ傾向にあり、期間中はその内容に沿ってキャリアを送る。稀に契約途中で移籍する選手も現れるが、それは本当にレアな場合に限定される。例えば、「若手有望株から一気にビッグネームまでのし上がった」ため、評価に見合う契約内容を提示したチームへ移る、といったケースだ。
豊富な資金力をバックに有力選手を次々と獲得するチーム
自転車ロードレースの場合、北米の4大スポーツリーグ(NFL、MLB、NBA、NHL)で採用されるような戦力均衡を目的としたサラリーキャップ(所属選手の給与として使える最大金額の規定)やウェーバー制ドラフトといったシステムは存在しない。あくまでチームの資金力に頼った戦力整備になっている。つまりは、スポンサー企業の基盤がしっかりしていて、投入できるお金が多いチームほど、有力選手を多数そろえられるのが実情である。
今年の移籍市場は、それが顕著に表れている印象だ。特に来季への強化が進んでいるのがUAEチームエミレーツ。その名の通りUAE(アラブ首長国連邦)がスポンサーを務める国家プロジェクト的なチームで、潤沢なオイルマネーをベースに、次々とトップ選手を獲得。同チームに所属し、今年のツール・ド・フランスで個人総合2連覇を果たしたタデイ・ポガチャル(スロベニア)も、2027年までという異例の6年の契約延長に合意しており、スーパーチームへの道を急加速している。
また、サガンの退団が決まったドイツ籍のボーラ・ハンスグローエも、彼ひとりに費やしていた年間約7億円とも噂される人件費を他の複数選手の年俸にあてられるとして、力のある選手を続々と採用。かつて同チームに所属し、昨年のツールではスプリンターの勲章であるポイント賞を獲得したサム・ベネット(現ドゥクーニンク・クイックステップ、アイルランド)を呼び戻すことにも成功している。
移籍決定によって人間関係に変化が生じることも
移籍が決まった選手にとっては、新天地での活動は希望に満ちたものに違いないが、これまで世話になったチームに対して何を残すかも大事な要素だ。
一番は移籍決定を「いつ発表するか」。別れが迫るチームや仲間、関係者に対する恩義であったり、残るシーズンのレーススケジュールの関係から、発表のタイミングを急がず、その年のレースプログラムがすべて終わった時点まで待つ選手も多い。
もちろん、出場したレースで勝利して置き土産とするのも、これまで育ててきたチームとしては大きな喜び。直近では、UAEチームエミレーツ移籍が決まっている23歳のジョアン・アルメイダ(ドゥクーニンク・クイックステップ、ポルトガル)が、8月上旬に開催されたツール・ド・ポローニュ(ポーランド)で個人総合優勝。プロ入り後初めてのビッグタイトルを、自身を見出したチームへ贈った。
一方で、移籍決定に前後して所属チームとの関係性がこじれ、チーム内での序列が下がったり、主要レースのメンバーに招集されないといった事態に陥るライダーの姿も見られる。そうなるとレース勘が鈍り、移籍先での適応に時間がかかるリスクがあるため、選手たちはできるだけ周囲との良好な関係を保ちながら、残る日々を過ごそうと努める。
その意味では、システマティックな側面だけでなく、人間関係もところどころで見えてくるのが自転車ロードレース界の移籍事情。当人たちはたくさん悩み、考えた末にチームを移る結論に達するわけだが、レースを追うわれわれにとっては、そうした人間模様も含めて移籍市場を見守ることができるのである。
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