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井上尚弥の上にいるWBAスーパー王者って何だ?WBSS決勝はドネアと対決

ロドリゲスにKO勝ちした井上尚弥Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

IBFタイトルマッチなのにWBA王座防衛

WBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)バンタム級トーナメント準決勝として開催されたIBF世界バンタム級タイトルマッチが5月18日(日本時間19日)、スコットランド・グラスゴーで行われ、WBA同級王者の井上尚弥(大橋)がIBF王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)に2回1分19秒TKO勝ちした。井上はすでに準決勝を突破していた5階級制覇王者、ノニト・ドネア(フィリピン)と決勝で激突する。

ロドリゲス戦は当初、WBAとIBFの王座統一戦として行われる予定だったが、WBAは正規王座より格上のスーパー王座にノニト・ドネア(フィリピン)が就いているためIBFが統一戦を認めず、IBF王座のみかけられたタイトルマッチとなった。ただ、WBAは特例として井上の防衛を認めたため、井上はIBF王座獲得、ならびにWBA王座2度目の防衛となった。

話をややこしくしているスーパー王座とは一体、何なのだろうか。説明する前にまずはロドリゲス戦を振り返りたい。

令和最初の「ボクシングの日」に日本人欧州初勝利

「事実上の決勝」と言われたロドリゲスとの準決勝。蓋を開ければ、19戦全勝(12KO)のテクニシャンも井上の前にはひとたまりもなかった。

1回こそロドリゲスのプレッシャーを受けて井上がロープに詰まる場面もあったが、2回に強打が炸裂。右ボディから返しの左フックを顎に打ち込んで最初のダウンを奪うと、立ち上がったIBF王者のボディに強打をめり込ませて2度目のダウン。セコンドの方を見て顔を歪めながら首を横に振るなど、すでに戦意喪失気味だったロドリゲスはかろうじて立ち上がったものの、再開の合図とともに井上がラッシュして3度目のダウンを奪うと、レフリーが試合を止めた。

試合が行われた日本時間5月19日は「ボクシングの日」。1952年のこの日、白井義男が後楽園球場で行われた世界フライ級タイトルマッチでダド・マリノ(米国)に判定勝ちし、日本人初の世界王者となったことを記念して制定された。67年後、令和最初の「ボクシングの日」に、これまで日本人が勝ったことのなかったヨーロッパのリングで初勝利を挙げ、世界に「モンスター」の実力を知らしめることとなった。

決勝の相手はスーパー王者・ドネア

試合後、リングサイドで観戦していたドネアがリングに上がり、井上とともにインタビューに答えた。WBSS決勝で戦う「フィリピンの閃光」はフライ級からフェザー級まで5階級制覇したベテランだ。フィリピンでは6階級制覇のマニー・パッキャオに次ぐ世界的実力者で、2018年4月までフェザー級(57.1kg)で戦っていたが、WBSSがバンタム級(53.5kg)で開催されることになり、2階級落として参戦した。

同年11月に行われた1回戦でライアン・バーネット(英国)を4回終了TKOで破ってWBAバンタム級スーパー王座を獲得し、今年4月27日にはステファン・ヤング(米国)を6回で倒して井上より一足先に決勝進出を決めていた。

ここで気になるのがドネアの持つスーパー王座。井上の持つWBAバンタム級正規王座より格上で、企業で言えば社長の上にいる会長、スポーツで言えば監督の上にいる総監督のようなものだ。組織ならいざ知らず、1対1で戦うボクシングにおいて、チャンピオンの上にチャンピオンがいるのは釈然とせず、世界的に批判の声も多い。

世界のボクシングを統括するのは、最も歴史のあるWBA(世界ボクシング協会)とそこから派生したWBC(世界ボクシング評議会)、IBF(国際ボクシング連盟)、WBO(世界ボクシング機構)の主要4団体がある。それぞれ17階級でチャンピオンを認定しており、単純計算で計68人のチャンピオンがいることになる。その階級で最も強いのは誰かを決めるべく、違う団体のチャンピオン同士が戦うのが王座統一戦だ。

しかし、WBAは独自にスーパー王座を設置し、統一王者はスーパー王者に格上げして正規王座は空位とし、別の選手が正規王座決定戦をする措置を取っている。さらに最近では統一王者でなくても防衛回数などによって、突然スーパー王者に格上げされる例も目立つ。日本では世界スーパーフェザー級王座を11度防衛した内山高志が、9度目の防衛後にスーパー王者に認定されたのが最初で、元世界ライトフライ級王者・田口良一や現世界ライトフライ級王者・京口紘人もその肩書を持つ。

背景に商業主義

ここで問題なのは、スーパー王者はれっきとしたタイトルで、負ければ失うということ。プロ野球の名球会のような功績を称えるものならともかく、単純に言うと、世界ランキング下位だった選手もスーパー王者に勝てば、正規王者を飛び越えてスーパー王者になれてしまうのだ。

混乱を招くような現状には、WBAの「商業主義」を指摘する声が少なくない。統括団体はタイトルマッチの承認料を徴収しているため、世界戦が多ければ多いほど潤う。そこで王座を乱造することによって収入を増やしているが、自ら世界王座の価値を下げていることも否めない。

現在、WBAでスーパー王者がいるのは全17階級中、ライトフライ、バンタム、スーパーバンタム、フェザー、スーパーフェザー、ライト、ウェルター、スーパーウェルター、ミドル、スーパーミドル、クルーザー、ヘビーの12階級。他にもチャンピオンがケガで防衛戦をできない時に設置する暫定王座やゴールド王座などもあり、チャンピオンベルトを保有している選手は数え切れない。

一方、IBFは「1階級にチャンピオン1人」という原則を貫いているため、他団体との統一戦は最上位、つまりスーパー王者がいる場合はスーパー王者としか認めておらず、今回の井上の試合は統一戦と認められなかった訳だ。

決勝で井上が勝てば名実ともに「世界一」

そういう状況を見ても、WBSS決勝で井上がドネアに勝てば、名実ともに正真正銘の「世界一」と言える。オイルマネーを見込んでサウジアラビアも候補地に挙がっている決勝は、どんな戦いになるだろうか。

ドネアは右構えだが、たびたびスイッチし、強烈な左フックが武器。パッキャオ同様、チャンスでたたみかける攻撃力は目を見張るものがある。2012年10月にはWBCスーパーバンタム級王者だった西岡利晃(帝拳)と戦い、9回TKOで日本のスピードキングを引退に追いやった実績もある。

ただ、現在は36歳だけあってピークは過ぎており、事実上の決勝と言われたロドリゲス戦の内容からも井上の優位は動かない。井上が豪快なノックアウトで乱造されたチャンピオンベルトをひとつにまとめてほしいものだ。

WBSSバンタム級決勝両者比較表ⒸSPAIA

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