クロフォードに次ぐ史上2人目の偉業
プロボクシングの世界スーパーバンタム級王座統一戦が26日、東京・有明アリーナで行われ、WBC・WBO王者・井上尚弥(30=大橋)がWBA・IBF王者マーロン・タパレス(31=フィリピン)に10回1分2秒KO勝ちし、4団体統一王者となった。
バンタム級に続いて2階級での4団体統一は、スーパーライト級とウェルター級を統一したテレンス・クロフォード(36=アメリカ)に次ぐ史上2人目の偉業。井上は世界戦21連勝で、通算戦績を26戦全勝(23KO)とした。
戦前の予想では井上の圧倒的有利、前半ノックアウト勝ちという声も少なくなかっただけに、井上の「苦戦」や「階級の壁」という見方もされているが、実際に井上は苦戦したのだろうか。
SPAIAでは独自に井上とタパレスのラウンドごとのパンチ数を集計。顔面、ボディーそれぞれのパンチ数から試合展開を追ってみた。有効打の見極めは難しいが、明らかに的確に捉えたクリーンヒットのみを有効打としてカウントしている。
4ラウンドにダウン奪った井上尚弥
1ラウンド、オープニングヒットは井上の右ボディーアッパーだった。タパレスは前半から攻めてくるかと思われたが、予想以上にガードを固めて手数が少ない。パンチ数は井上の40発に対して、タパレスは20発と半分しか打たなかった。
2ラウンドも同様の展開。40秒過ぎ、タパレスが出ようとしたところに井上の左ジャブがタイミング良く当たり、タパレスがバランスを崩すシーンがあったが判定はスリップだった。パンチ数は井上の42発に対し、タパレスは20発で主導権は井上が握る。ただ、タパレスのガードが高くディフェンシブなため、井上もクリーンヒットは1ラウンドに続いて4発と少ない。
3ラウンド、井上はガードの上からでも構わずパンチを放ち攻勢を強める。右拳を上げると場内から「尚弥コール」が自然発生。井上は55発のパンチを放ち、11発をクリーンヒットさせた。
試合が動いたのが4ラウンドだ。前半はタパレスが前に出て右フックをヒットさせるシーンもあった。逆に中盤以降は井上が得意の左ボディーをめり込ませ、タパレスの動きが鈍る。残り22秒で井上の左フックがタパレスの顎を捉えると、井上が怒涛のラッシュを仕掛けてタパレスがダウン。立ち上がったところで終了のゴングが鳴った。ジャッジ3者とも井上の10-8だった。
5ラウンドは開始早々から井上が左右フックを強振。一気にフィニッシュを狙って攻め続ける。しかし、タフなタパレスは反撃し、2団体王者としての意地を見せた。この回は井上が69発、有効打も24発とラウンド別では最多のパンチ数。タパレスも44発を放ち、12発をヒットさせた。
半身やめて正面向いたタパレスをKO
6ラウンドも2分が経った頃に井上の右ロングフックがヒット。54発を放って20発の有効打があり、このラウンドまでジャッジ3人とも井上のフルマークだった。
ここまでは井上が圧倒していたが、形勢にやや変化が見られたのが7ラウンド。タパレスの右ジャブで井上が顎をはね上げられるシーンがあった。タパレスはより後ろ足(左足)に重心を乗せ、半身で右肩を上げて井上のパンチが当たらない安全圏でカウンターを狙う。攻勢に転じるのではなく、守勢を強めることで被弾を防ぎ、少ないながらも効果的にカウンターを当てた。
攻めあぐねた井上は35発のパンチに留まり、そのうち有効打は5発。タパレスも33発と手数は少ないものの有効打は8発と、この試合初めて井上を上回った。7ラウンドはジャッジ3人のうち2人がタパレスの10-9と採点している。
8ラウンドも同じような展開。タパレスは右ガードを下げて自身の右脇腹を守り、後ろ足に重心を置いて半身で構えるため井上は左ジャブやボディーブローを打ちにくい。この回に井上が放った41発のうち左ジャブはラウンド別で最少の9発しかなかった。タパレスはパンチ数30発と守勢を貫きながらも有効打では井上を上回る8発を当て、ジャッジ1人は7ラウンドに続いてタパレスを支持した。
9ラウンド、左ジャブを打ちにくい井上はいきなりの右ストレートをヒット。タパレスはロープに詰まる場面も多く、井上が54発中13発をクリーンヒットし、明確にポイントを取った。
判定決着もちらつき始めた10ラウンド。ポイントで勝ち目のないタパレスは前に出て攻勢をかけるが、それが逆に井上にとっては好都合だった。それまでの半身ではなく、正面を向いたため左ジャブが当たる。
50秒が経過した頃、左ジャブに続いて放った右ストレートがタパレスのガードの隙間からテンプル(こめかみ)を捉え、タパレスは一瞬間を置いてからダウン。クリーンヒットと言えるパンチではなかったものの、タパレスは立ち上がることができずノックアウトとなった。井上の強烈なパンチはガードの上からでも確実にダメージを蓄積させていたようだ。
有効打はタパレスの倍近かった井上尚弥
トータルのパンチ数は井上が461発、タパレスが301発だった。有効打も井上が111発、タパレスが67発と倍近い。
井上の前半KOもあると見られた戦前の予想と裏腹に試合が長引いたことや、タパレスがディフェンシブに戦ったため井上のクリーンヒットが少なかったことから「苦戦」といった印象もあったが、データを見ると完勝だったことが分かる。
タパレスは守りを固めることで、井上の良さを出させないことにおいては一定の成果を上げた。しかし、ボクシングはクリーンヒットだけでなく攻める姿勢も採点の基準に入っている。たとえ、クリーンヒットしなくても前に出てパンチを打つことでポイントを奪えるのだ。
ディフェンスや主導権支配も採点基準に入っているものの、守るだけではポイントにはならない。実際、9ラウンドまでの採点でも90-80、89-81、88-82と3者とも井上が大差でリードしており、今回のタパレスは負けにくい戦術を取ったが判定での勝ち目はなく、勝つとすればワンパンチの逆転KOくらいしかなかっただろう。
タパレスとすれば、もっとパンチが当たると思っていたのかも知れないが、スピードとパワーで圧倒し、思い通りにさせなかったのも井上の強さに他ならない。
2団体統一王者にKOで完勝しても「苦戦」と言われてしまうモンスター。今後は東京ドームやサウジアラビアでのビッグマッチも候補に挙がっているという。大谷翔平と並ぶ日本のスーパースターはまだまだ新しい景色を見せてくれそうだ。
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