プロ野球における背番号43の名選手たち|【SPAIA】スパイア

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プロ野球における背番号43の名選手たち


2017年現役選手の背番号「43」

2017年各球団の背番号「43」は下記の選手が背負っていた。

日本ハム:白村明弘選手(投手)
ソフトバンク:江川智晃選手(外野手)
ロッテ:黒沢翔太選手(投手)
西武:髙橋朋己選手(投手)
楽天:不在
オリックス:山本由伸選手(投手)
広島:土生翔平選手(外野手)
巨人:重信慎之介選手(外野手)
DeNA:進藤拓也選手(投手)
阪神:守屋功輝選手(投手)
ヤクルト:村中恭兵選手(投手)
中日:三ツ間卓也選手(投手)

不在:1球団
永久欠番:0球団
投手:8球団
捕手:0球団
内野手:0球団
外野手:3球団

2017年に東北楽天ゴールデンイーグルスを除いた11球団で使用されている背番号「43」。投手が8球団となっており、投手の印象が強い。また、白村明弘選手(日本ハム)、高橋朋己選手(西武)と中継ぎ投手が背負うことの多い番号だ。北海道日本ハムファイターズでは、現在守護神でもあり日本代表にも選ばれていた増井浩俊選手が以前に着用していた番号でもあり、中継ぎ投手に受け継がれている。

投手の着用が多い番号ではあるが、野手でもこの番号でキャリアをスタートさせ実績を残し若い番号へと変更する選手もいる。代表的なのが宇野勝選手(中日)、大石大二郎選手(近鉄)だろう。宇野選手は本塁打王に輝くなど遊撃手として活躍。大石選手は盗塁王を4度獲得するなど俊足巧打で名を馳せた。現役引退後にはオリックス・バファローズの指揮も執っている。

宇野勝選手の入団当時は「43」

中日ドラゴンズや千葉ロッテマリーンズで、スラッガーとして活躍した宇野勝選手。入団当初の背番号は「43」だった。1976年ドラフト3位で銚子高校から中日へ入団した宇野選手。高卒ながら1年目に一軍デビューを果たし、2年目の1978年には26試合に出場し、3本塁打を記録。スラッガー候補として期待が高まった。

このシーズンオフに宇野選手は、背番号を「43」から「7」に変更。その後、遊撃手のレギュラーに定着し、1984年には37本塁打で本塁打王にも輝いている。現役晩年は地元である千葉に移転したロッテに移籍。2年間プレーしている。

中日の「43」はそれ以降、投手の番号として使用されることが多く、1999年から2012年までは小笠原孝選手が着用している。小笠原選手の引退後は2012年のドラフト会議で「高校ビッグ3」とも呼ばれていた濱田達郎選手に与えられた。

2017年現在は育成から支配下契約となり、一軍でも実績を残した三ツ間卓也選手が着用中だ。

広島の背番号「43」は外国人選手用!?

広島東洋カープの背番号「43」は、外国人選手が多くつけている。1990年にヤング選手が着用して以降、合計11名が使用した番号だ。のちに監督も務めることになるブラウン選手も1992年から1994年の3年間にわたり、この番号でプレーしていた。
広島、東北楽天ゴールデンイーグルス2球団で監督を務めているが、その当時の背番号は「43」ではなく、それぞれ「71」、「81」となっている。

長期にわたって定着することは少なく、ブラウン選手(1992年-1994年)、ミンチー選手(1998年-2000年)の3年間が最長着用期間となっており、7選手が1年のみで退団となっている。

おもしろいエピソードがあるのは、初めて広島の外国人選手として背番号「43」をつけたヤング選手だ。1990年に入団した際の背番号は「55」であった。しかし、キャンプ中に仁平馨選手と背番号を交換したのだ。キャンプ中に背番号を交換するのは異例のことだった。

2017年現在は、土生翔平選手が2012年より同番号を背負っている。今後、外国人選手が背負うことになるのか広島の背番号「43」に注目したい。

両リーグで2桁勝利を達成したミンチー選手

広島東洋カープ、千葉ロッテマリーンズの2球団でプレーしたミンチー選手。1998年に広島へ加入すると15勝をマークし、ローテーションの一員としてシーズンを全うする。投球回数もリーグ最多の236回とまさにフル回転の活躍だった。翌1999年はわずか2勝(9敗)に終わるが、2000年に再び12勝(10敗)と2桁勝利。広島での3年間で29勝をあげている。

2000年で広島との契約が切れるとアメリカへ戻ることはせず、ロッテに移籍。リーグを移っても3年連続2桁勝利を記録。移籍初年度の2001年には防御率3.26で最優秀防御率のタイトルも獲得し、両リーグで2桁勝利を挙げた外国人選手となった。
パ・リーグにおいて同タイトルを獲得したのはミンチー選手が初めてだ。また、防御率3点台のタイトルホルダーは、この年のミンチー選手以降出ていない。

ロッテでは4年間を過ごし45勝、日本通算74勝をあげ2004年に現役を引退した。ミンチー選手は日本での7シーズン全てにおいて、背番号「43」を着用している。両リーグで活躍したこともあり、背番号「43」といえばミンチー選手の名前が思い浮かぶファンも少なくないだろう。

20勝投手がクローザーへ転身デニス・エカーズリー選手

メジャーリーグの背番号「43」で名を残した選手の筆頭格が、デニス・エカーズリー選手だ。24年間の現役生活で390セーブをマーク。クローザーとしてサイ・ヤング賞を受賞するなどの活躍を見せた名投手だ。オークランドアスレチックス時代の1989年には、ワールドチャンピオンにも輝きチャンピオンリングも手にしている。

1975年にクリーブランドインディアンスでデビューを果たしたエカーズリー選手。ボストンレッドソックス、シカゴカブス、オークランドアスレチックス、セントルイスカージナルスでプレー。インディアンス時代、カブスでの1年を除いて背番号「43」を着用していた。

1977年にはノーヒッター(ノーヒットノーラン)を達成するなど、キャリア前半は先発投手としてプレーする。1978年には20勝も達成したが、キャリア中盤の1989年からクローザーに転身したエカーズリー選手。1992年には史上3人目となるクローザーによるMVP、サイ・ヤング賞の同時受賞となった。
1998年に現役引退後、2004年にアメリカ野球殿堂入りを果たし、2005年にはアスレチックスにおいて背番号「43」が永久欠番となっている。

2017年終了時点でメジャーリーグにおいて「43」の永久欠番はエカーズリー選手ただひとりだ。今後、「43」の永久欠番が生まれるか注目したい。

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