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出世番号となる日も近い? プロ野球における背番号43の選手たち

2022 1/24 17:30SPAIA編集部
オリックスの山本由伸
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ⒸSPAIA

2022年現役選手の背番号「43」

背番号「43」は、かつてオリックスの山本由伸(現在は「18」)や西武の髙橋朋己などが付けており、投手のイメージが強い番号だ。2022年はどのような選手が着用するのだろうか。各球団の背番号「43」は下記の通りとなっている。

ヤクルト:不在
阪神:守屋功輝投手
巨人:重信慎之介外野手
広島:島内颯太郎投手
中日:味谷大誠捕手
DeNA:深沢鳳介投手

オリックス:前佑囲斗投手
ロッテ:秋山正雲投手
楽天:宋家豪投手
ソフトバンク:井上朋也内野手
日本ハム:水野達稀内野手
西武:羽田慎之介投手

不在:1球団
投手:7球団
捕手:1球団
内野手:2球団
外野手:1球団

現時点では、ヤクルトを除いた11球団で使用される予定で、投手が最多の7球団となっている。中日、DeNA、ロッテ、日本ハム、西武の5球団はルーキーが着用する予定。また、山本由伸から受け継いだオリックスの前佑囲斗や、ソフトバンクの2020年ドラフト1位の井上朋也など、各球団の若手有望株が揃っており、近い将来、出世番号となっているかもしれない。

投手の着用が多い番号ではあるが、野手でもこの番号でキャリアをスタートさせ、実績を残した選手もいる。代表的なのが宇野勝(中日)と大石大二郎(近鉄)だろう。宇野は本塁打王に輝くなど遊撃手として活躍。大石は盗塁王を4度獲得するなど俊足巧打で名を馳せた。現役引退後にはオリックス・バファローズの指揮も執っている。

次章以降では、背番号「43」にまつわる選手や球団の歴史などを紹介していく。

宇野勝の入団当時は「43」

中日ドラゴンズや千葉ロッテマリーンズで、スラッガーとして活躍した宇野勝。入団当初の背番号は「43」だった。1976年ドラフト3位で銚子高校から中日へ入団。高卒ながら1年目に一軍デビューを果たし、2年目の1978年には26試合に出場し、3本塁打を記録。スラッガー候補として期待が高まった。

このシーズンオフに宇野は、背番号を「43」から「7」に変更。その後、遊撃手のレギュラーに定着し、1984年には37本塁打で本塁打王にも輝いている。現役晩年は地元である千葉に移転したロッテに移籍。2年間プレーしている。

中日の「43」はそれ以降、投手の番号として使用されることが多く、1999年から2012年までは小笠原孝が着用している。小笠原の引退後は2012年のドラフト会議で「高校ビッグ3」とも呼ばれていた濱田達郎に与えられた。

2022年からはドラフト4位ルーキーの味谷大誠捕手が着用する予定だ。

広島の背番号「43」は外国人選手用?

広島東洋カープの背番号「43」は、外国人選手が多くつけている。1990年にヤング選手が着用して以降、合計11名が使用した番号だ。

のちに監督も務めることになるブラウンも1992年から1994年の3年間にわたり、この番号でプレーしていた。広島、東北楽天ゴールデンイーグルス2球団で監督を務めているが、その当時の背番号は「43」ではなく、それぞれ「71」、「81」となっている。

長期にわたって定着することは少なく、ブラウン(1992年-1994年)とミンチー(1998年-2000年)の3年間が最長着用期間となっており、7選手が1年のみで退団となっている。

おもしろいエピソードがあるのは、初めて広島の外国人選手として背番号「43」をつけたヤングだ。1990年に入団した際の背番号は「55」であった。しかし、キャンプ中に仁平馨と背番号を交換したのだ。キャンプ中に背番号を交換するのは異例のことだった。

2022年現在は、島内颯太郎投手が2019年より同番号を背負っている。今後、外国人選手が背負うことになるのか広島の背番号「43」に注目したい。

両リーグで2桁勝利を達成したミンチー

広島東洋カープ、千葉ロッテマリーンズの2球団でプレーしたミンチー投手。1998年に広島へ加入すると15勝をマークし、ローテーションの一員としてシーズンを全うする。投球回数もリーグ最多の236回とまさにフル回転の活躍だった。翌1999年はわずか2勝(9敗)に終わるが、2000年に再び12勝(10敗)と2桁勝利。広島での3年間で29勝をあげている。

2000年で広島との契約が切れるとアメリカへ戻ることはせず、ロッテに移籍。リーグを移っても3年連続2桁勝利を記録。移籍初年度の2001年には防御率3.26で最優秀防御率のタイトルも獲得し、両リーグで2桁勝利を挙げた外国人選手となった。

パ・リーグにおいて同タイトルを獲得したのはミンチーが初めてだ。また、防御率3点台のタイトルホルダーは、この年のミンチー以降出ていない。

ロッテでは4年間を過ごし45勝、日本通算74勝をあげ2004年に現役を引退した。ミンチーは日本での7シーズン全てにおいて、背番号「43」を着用している。両リーグで活躍したこともあり、背番号「43」といえばミンチーの名前が思い浮かぶファンも少なくないだろう。

20勝投手がクローザーへ転身デニス・エカーズリー

メジャーリーグの背番号「43」で名を残した選手の筆頭格が、デニス・エカーズリーだ。24年間の現役生活で390セーブをマーク。クローザーとしてサイ・ヤング賞を受賞するなどの活躍を見せた名投手だ。オークランドアスレチックス時代の1989年には、ワールドチャンピオンにも輝きチャンピオンリングも手にしている。

1975年にクリーブランドインディアンスでデビューを果たすと、ボストンレッドソックス、シカゴカブス、オークランドアスレチックス、セントルイスカージナルスでプレー。インディアンス時代、カブスでの1年を除いて背番号「43」を着用していた。

1977年にはノーヒッター(ノーヒットノーラン)を達成するなど、キャリア前半は先発投手としてプレー。1978年には20勝も達成したが、キャリア中盤の1987年からクローザーに転身した。1992年には史上3人目となるクローザーによるMVP、サイ・ヤング賞の同時受賞となった。

1998年に現役引退後、2004年にアメリカ野球殿堂入りを果たした。2005年にはアスレチックスにおいて背番号「43」が永久欠番となっている。

2021年終了時点でメジャーリーグにおいて「43」の永久欠番はエカーズリーただひとり。今後、日本プロ野球も含めて、「43」の永久欠番が生まれるか注目したい。

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