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西武ライオンズ歴代投手の通算勝利数ランキング、髙橋光成が50勝超えで現役トップ

2023 1/10 11:00SPAIA編集部
西武の髙橋光成,ⒸSPAIA
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ⒸSPAIA

歴代1位は稲尾和久、2位は東尾修

2022年、西武は前年の最下位から3位へと巻き返しに成功。チーム防御率はリーグ1位の2.75、失点はリーグ最少の448と、堅い守りを中心としたチームを作り上げ、見事復活を果たした。

その守りの中心ともいえる投手陣を引っ張ったのがエース髙橋光成だ。チーム最多の175.2イニングを投げ、リーグ4位の防御率2.20をマーク。2年連続2ケタ勝利となる12勝を挙げ、チームの躍進を支えた。

髙橋はこれでプロ8年間の通算勝利数が55となり、現役では球団トップに躍り出た。髙橋に次ぐ2位には30勝の松本航、3位が28勝の今井達也と、若き投手陣を支えるドラ1右腕トリオが上位を占めている。

では、歴代の通算最多勝は誰だろうか。西武在籍時の勝利数ランキング以下の通りだ(前身球団含む)。

西武投手の歴代通算勝利数ランキング


歴代1位は“神様・仏様・稲尾様”の稲尾和久だ。別府緑ヶ丘高から1956年に西鉄(西武の前身)へ入団すると、1年目から21勝、防御率1.06の活躍で最優秀防御率を獲得し、新人王に輝いた。58年に史上初の2年連続MVP、61年にはシーズン最多タイの42勝をマーク。最多勝をリーグ最多タイの4回獲得し、69年に現役を引退した。93年に野球殿堂入り、2012年には背番号24が永久欠番となっている。

2位は東尾修の251勝。箕島高から1968年ドラフト1位で西鉄に入団。「黒い霧事件」により、投手不足に陥ったチームで若くしてチャンスをつかんだ。太平洋・クラウン・西武と球団名が変わってもライオンズ一筋でプレーし、2度の最多勝、MVPを獲得した。低迷期をエースとして支えた右腕は、球団史上1位の247敗を記録。2位は稲尾の137敗となっており、その突出ぶりがよくわかる。

現二軍監督の西口文也、GMの渡辺久信がトップ5入り

3位は182勝の西口文也。西武一筋で21年間、投げ続けた細身右腕。和歌山商から立正大を経て1994年ドラフト3位で入団。96年に16勝を挙げると、7年連続2桁勝利をマーク。97、98年には最多勝に輝き、リーグ連覇にも貢献した。西武となってからは歴代最多の通算182勝を挙げ、2015年限りで現役を引退。その後、投手コーチを務め、2022年からは二軍監督として若手育成に注力している。

4位は渡辺久信の124勝。前橋工業高から1983年ドラフト1位で入団すると、2年目に8勝11セーブで西武初優勝に貢献。86、88、90年と3度最多勝を獲得し、96年にはノーヒットノーランも達成した。

97年に戦力外通告を受け、ヤクルト、台湾球団を渡り歩き2001年までプレー。04年にコーチとして西武に復帰すると、08年には一軍監督に就任し、リーグ優勝&日本一を達成した。13年に監督を退任し、編成部入り。現在は球団本部ゼネラルマネージャー(GM)を務めている。

5位は117勝の郭泰源。1985年に台湾からやってきた「オリエンタル・エクスプレス」は、1年目の6月14日の日本ハム戦で史上54人目となるノーヒットノーランを達成した。その後も快速球を武器に13年間で2桁勝利を6度記録。自己最多の15勝を挙げた91年にはMVPにも輝いた。117勝は2リーグ制後の外国人投手としては歴代最多だ。

6位は工藤公康で113勝。名古屋電気高(現・愛工大名電高)から1981年ドラフト6位で入団すると、快速球と大きなカーブを武器に1年目から一軍に定着。黄金時代の左腕エースとして3度の最優秀防御率を獲得し、93年にはMVPにも輝いた。95年にダイエー(現ソフトバンク)、2000年に巨人、07年に横浜(現DeNA)と渡り歩き、10年に西武へ復帰。この年限りで現役を引退し、通算では224勝を挙げている。

7位は112勝の松沼博久。取手二高から東洋大、東京ガスを経て1978年ドラフト外で、弟の雅之とともに入団。アンダースローから繰り出される独特の球を武器に、1年目から16勝を挙げて新人王を獲得した。82年にも10勝を挙げ西武の初優勝に貢献すると、そこから4年連続2桁勝利をマーク。90年限りで現役を引退した。

“平成の怪物”松坂大輔が108勝で8位

8位は108勝の松坂大輔。横浜高3年時に甲子園春夏連覇を成し遂げた“平成の怪物”は 1998年ドラフト1位で入団すると、1年目から16勝を挙げて最多勝、新人王を獲得。3年連続で最多勝獲得、在籍8年間で7度の2桁勝利をマークするなど輝かしい成績を残した。

2006年オフにポスティングシステムを利用してレッドソックスへ移籍。メジャーでは8年間で56勝を挙げた。15年にソフトバンクへ移籍し、日本球界復帰を果たすと、18年に中日へ移籍。20年に古巣・西武へ復帰し、21年限りで現役を引退した。

9位には池永正明と岸孝之が103勝で並んでいる。池永は下関商高から1965年に西鉄へ入団すると1年目から20勝を挙げた。67年には23勝で最多勝を獲得するなどプロ入り後5年間で99勝をマーク。西鉄のエースとして活躍したが、70年に「黒い霧事件」に巻き込まれ永久追放に。35年後の2005年に復権した。

岸は東北学院大から2006年の大学生・社会人ドラフトの希望枠で入団すると、1年目から11勝をマーク。在籍10年間で7度の2桁勝利を挙げるなど、投手陣の中心を担った。17年にFAで楽天へ移籍し、6年間で46勝を積み上げている。

髙橋光成はこのオフの契約更改で将来的にメジャーへ挑戦したい意向を表明した。エースとして君臨し、球団歴代投手の勝利数ベスト10入りへの期待もかかるが、果たしてどこまで積み上げることができるか注目だ。

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