「鉄拳制裁」今は昔
「長時間の厳しい練習を乗り越えることこそ精神面の強化につながる」「ミスをしたら鉄拳指導」という手法は、高校野球でもプロ野球でももう過去の話となっている。多様性の時代、十人十色の個性をいかに伸ばせるかが昨今の「スポーツ組織の人材育成・管理運営」(スポーツクラブマネジメント)だ。
「長時間の厳しい練習を乗り越えることこそ精神面の強化につながる」「ミスをしたら鉄拳指導」という手法は、高校野球でもプロ野球でももう過去の話となっている。多様性の時代、十人十色の個性をいかに伸ばせるかが昨今の「スポーツ組織の人材育成・管理運営」(スポーツクラブマネジメント)だ。
中谷仁は1997年ドラフト1位で阪神に入団。同僚が投げた携帯電話が目に当たり失明の危機もあった。その後、楽天、巨人に移籍し、プロ15年間で通算28安打の苦労人。引退後、母校・智弁和歌山高の監督に就任した。
2013年から「学生野球資格回復制度」が変更され、3日間の講習を受けることで教員免許を有しなくても、元プロの学生野球指導が可能となった。さらに教員の「働き方改革」もあり、2023年から「公立の中学・高校は、休日に限り教員以外の部活動指導が可能」となる。元プロの大量流入が推測されるが、高校野球は教育の一環という性格が強く、実は賛否両論なのである。
阪神時代の同僚である赤星憲広も遠山奨志(現・浪速高野球部監督)も高校球児を指導する上での中谷の性格に太鼓判を押していた。中谷は元プロの知識技術をやみくもに教えるのではなかった。
「12月は自主トレ期間にした。選手ファースト。自主性を重んじた」。トップダウンでやらされる練習は身につかない。自主トレにすることにより自分で練習メニューを考えるようになる。そんな指導法が結実し、2021年夏の甲子園優勝につながったのである。
オリックスは12球団で最も優勝から遠ざかっていた。01年から20年間でAクラスわずか2度、監督交代は実に12人を数えた。
現役時代に4チームを渡り歩いた中嶋は9監督に仕えたが、上田利治(優勝)、土井正三、仰木彬(優勝)、東尾修(優勝)、伊原春樹(優勝)、山下大輔、ヒルマン(優勝)、梨田昌孝(優勝)、栗山英樹(優勝)と、実に7人の優勝采配を学んだ。
オリックスは山本由伸(19年防御率1位)、山岡泰輔(19年勝率1位)がいても最下位だったが、中嶋は山﨑福也(14年)、田嶋大樹(17年)、宮城大弥(19年)の左投手ドラ1トリオを整備した。
高卒2年目の紅林弘太郎を遊撃レギュラーに抜擢、宗佑磨を遊撃から三塁に、安達了一を遊撃から二塁に、福田周平を二塁から中堅にコンバートすることにより、チームの守備も打撃も活性化させた。
杉本裕太郎は20年2本から21年32本で本塁打王獲得の大飛躍だ。対ソフトバンク戦は20年5勝17敗2分けから21年13勝11敗1分けと勝ち越した。
中島の「見えないものを見る力」とでも言おうか。山﨑福也は「二軍時代に中嶋監督に見てもらって僕はよくなった。必ず恩返しする」と語っていた。ヒーロ―インタビューを聞く限り中嶋は口下手ではあるが、ナインは潜在能力を顕在化させる「見抜く力」に感謝していた。
中嶋、高津臣吾(ヤクルト)、矢野燿大(阪神)らの成功もあって、新監督の藤本博史(ソフトバンク)ら、二軍で選手育成を学び、自らが育成した選手とともに一軍に昇格するケースが増えてきた。
稲葉は現役時代ヤクルトで野村克也・若松勉、日本ハムでヒルマン・梨田昌孝・栗山英樹と、仕えた監督を計7度も胴上げしている優勝請負人だった。
2009年WBCでは原辰徳監督のもと四番を任され優勝しているが、前年の2008年北京五輪(星野仙一監督)ではメダルを逃しており、稲葉自身「五輪の借りは五輪でしか返せない」と強い決意を口にしていた。
結果は見事に金メダル。表彰式での記念撮影で、メダルが配られない監督・稲葉の首に菊池涼介(広島)が自らのメダルをかけた。「強い者が勝つ」のではなく、「勝った者が強い」のが勝負の世界の常とは言うものの、それ以上に人心を掌握した「スポーツクラブマネジメントの成功」を物語る象徴的な1シーンであった。
稲葉はプロ入り時から土橋勝征、宮本慎也、真中満に並ぶ「努力家四天王」のひとりであり、他人に人一倍気を使う選手であった。稲葉が通算2000安打を達成したとき宮本は「真面目すぎる稲葉は日本ハムに移籍して、新庄のいい意味での緩やかさを感じてちょうどよかったのではないか」と語っていた。
「若い頃、先輩に気を使って疲れた」と語っていた稲葉は、東京五輪で村上宗隆(ヤクルト)をプレッシャーのかからない八番打者に置いた。それが決勝アメリカ戦の値千金の本塁打につながった。
結果的に稲葉が采配において手本にしたのは、選手を勇気づける「原監督の力強い言葉の力」であり、選手をリラックスさせる「若松監督の気使い」の融合ではなかったか。いずれにせよ今後、スポーツ組織をまとめる育成・管理能力はさらに注目されていく。
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