大波乱の全日本、決勝に進んだのは元天才少年のベテラン
大会全体で延べ150人を超す棄権が出る中、張本智和や石川佳純など有力選手が次々と消え、大波乱となった全日本。男子シングルスの決勝は、優勝した戸上隼輔の猛攻も凄かったが、それを厳しく返し続けた松平健太も凄かった。
大会前にこのカードを想像できた人はいただろうか。かつて天才の名を欲しいままにした松平が、30歳でこの舞台に帰ってくるとは。
松平といえば10代での活躍だ。中学3年の時にドイツのオフチャロフ(東京五輪シングルス3位)など高校世代のホープを次々に倒し、日本人で初めて世界ジュニアで優勝した。高校に入るとチキータを考案したチェコのコルベルを激破。2009年の全日本では、日本の主力だった吉田海偉を破って決勝進出を果たした。
世界選手権では、北京五輪金メダリストの中国・馬琳にもフルゲームと肉薄するなど、天才少年として注目された。当時、松平が水谷隼、丹羽考希とともに日本を背負うと思っていたのは、筆者だけではなかったはずだ。
しかし、松平は五輪に出場することなく、2019年に国際大会から引退することを表明。Tリーグでも開幕から2季連続で負け越しており、当時28歳という年齢と日本代表を目指さない姿勢から、第一線から退くものと思われた。
だからこそ今回の松平の決勝進出には驚かされた。そして、ノーシードから地道に勝ち上がってきた松平の姿勢には、大人が学ぶべき点がたくさんあるとも感じた。
繊細なボールタッチと大人のプレー
松平は一般的なシェークドライブ型だが、自身のパワーでぶち抜いていくタイプではない。相手の力を利用してカウンターやブロックで戦う丹羽と似たタイプだ。その丹羽が準決勝で戸上に4-0と圧倒されたため、決勝も戸上のワンサイドゲームになるかと想像していた。
ところが、松平は序盤から戸上のパワーを封じることに成功した。そのポイントとなったのが、ストップとツッツキだ。通常、長いボールが来たときは攻撃態勢を作る時間があるので、強打にいくことが多い。ただこの試合では、松平が強打をすると戸上に有利なラリー展開になってしまう。そのため、松平は打たないで止めたのだ。
これが非常に巧みだった。ストップやツッツキは打点が速いと低く安定させやすいが、遅いと高く浮いてチャンスボールになりやすい。だが、松平は天性のボールタッチを生かし、遅いストップを駆使した。
相手にとっては、カウンターの体勢を取ろうとしたところで止まるボールが来るので、「打たんのかい!」と台上に引きずりだされる形で姿勢が崩れる。松平はあえて攻撃するボールを絞ることで、相手の長所を封じて着実に得点を重ねたのだ。
結局、最後は戸上が順応し松平は敗れた。だが、ダブルスで優勝して勢いに乗り、丹羽を相手に無双した戸上の長所をしっかり封じ込めた今大会の松平は、本当に強かった。
五輪に出場しないまま日本代表から引退
松平の知名度が一般には高くないのは、やはり五輪に出ていないからだろう。20歳前後の伸び盛りの時期にケガやメンタルの不調で成績を残せず、2013年世界選手権の紹介文には「ロンドン五輪代表も逃し低迷を続ける」とまで書かれた。
そのぐらい有力な選手だったし、実際この大会で松平はシングルスでベスト8に進出している。中国の馬琳から日本卓球史に残る大金星を挙げ、翌年の全日本選手権では「天才・松平健太の復活」と紹介された。
この時の世界ランクは水谷13位、丹羽16位に対し、松平は15位。2015年世界選手権でも、「ニワケン」ダブルスで銅メダルを獲得するなど活躍した。だが、リオ五輪の選考レースが終わった時、日本人3位は吉村真晴。松平はまたも五輪を逃し、解説者として桜井翔の横に座った。
低迷、逆境といったイメージがあり、悲劇のプリンスのようにも思われる松平だが、世界選手権には10回出場している。これは水谷の15回、丹羽の11回に次ぐ数字で、年齢の近い吉村と大島祐哉の5回を大きく上回る。また、世界ランクは最高9位で10位台にいた期間も長い。それなのに松平が五輪に出られなかったのは、キングカズこと三浦知良がサッカーワールドカップに出られなかったことのように残念に思う。
今回これだけの成績を残しても、パリ五輪の選考会には出ないという。ファンとしては残念だが、今までにない卓球選手の道を選んだ松平が、今後どんな進化をするのか楽しみでもある。
実社会でも、戸上のように若ければパワーと勢いで押せばいいが、中堅、ベテランと呼ばれてくるとなかなかそうはいかなくなってくる。押してダメなら引いてみる。相手をよく見てかわしていく。無名を相手に油断せず、分が悪い相手にも臆さない。松平のプレーには、多くの大人が実社会で生かしていける戦術が隠れているかもしれない。
《ライタープロフィール》
福田由香
NHK岡山キャスター、テレビ愛知アナウンサーを経て「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日)で現場リポーターとして活動した経歴を持つ異色のライター。卓球初段。全日本社会人選手権、全国インカレ出場。学生時代は全国国公立大学卓球大会で数々の賞状を手にした。
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