「兄貴」と同じ道をたどる
なぜ、日馬富士が暴行を働いたのか、どのような暴行を働いたのかは情報が錯綜していて何が真実かは分からない。ただ、分かっているのは日馬富士が貴ノ岩を殴ってケガを負わせたということである。
相手が力士とは言え、日本の法律に照らして暴行は暴行。鳥取県警が書類送検をすると報じられており、通常の会社員でも解雇の可能性は高く、角界の看板として品格が問われる横綱という地位からすれば、引退は至極当然だろう。
では、日馬富士とはいかなる人物なのか。
2000年、モンゴルで安治川親方(現在の伊勢ケ浜親方、元横綱旭富士)が開いた相撲大会に出場し、親方にスカウトされた。翌年、安馬(あま)のしこ名で初土俵を踏んだ。
130キロ台という幕内で1、2を争う軽量ながら、低い立ち合いとバネをいかした取り口、スピード感と闘志あふれる相撲でどんどん出世していった。2009年に大関、12年には横綱に昇進した。
小さい体で大きな力士を倒す。日本人が好きそうな相撲である。何よりも気力にあふれている。ただ、その負けず嫌いな性格、荒っぽい気性が若いころから心配されていた。
やはりスピードと闘志にあふれた朝青龍にかわいがられ、「リトル朝青龍だな」というのが記者たちの共通の思いだった。相撲というよりも、そのやんちゃな性格が似ていることが、そう思わせるゆえんだった。
負けず嫌いなところは格闘家にはありがちだが、風呂場で叫ぶこともしばしば。いらついて若い衆を小突くこともあった。そういったところが朝青龍に似ていた。
朝青龍がそういったことをしても、角界のトップにいることで許されるから、自分も許されると思ってしまったのかもしれない。朝青龍がいなくなり、横綱になってからはいくらか落ち着いた感じはあったのだが、本質的には変わらなかったのだろうか。
趣味は絵を描くこと。実際に見たことがあるが、なかなかの腕前である。取組後の取材では、「全身全霊」「一日一番、頑張ります」というのが口癖だった。
>> 毎日新聞
力士が大型化して面白くなくなったと言われる中、小兵力士として相撲本来の魅力を伝える存在であった。兄貴分の朝青龍もそうだった。そして、その朝青龍と同じく暴行で引退という運命をたどるとは、皮肉なものである。
日馬富士、ついに引退(2)~会見でにじませた無念~
横綱日馬富士が暴行か 謎を深める貴乃花親方の行動(1)
横綱日馬富士が暴行か 謎を深める貴乃花親方の行動(2)