横綱としてやってはいけないことを、やった
「親」として弟子を育てた師匠は涙を流し、横綱に昇進し師匠に恩返しをしたはずの「子」は深々と頭を下げた。
11月29日、横綱日馬富士の貴ノ岩への暴行問題は横綱の引退という一つの節目を迎え、土俵を去る日馬富士は記者会見を開いた。暴行に関する新しい事実は一つも出なかったが、日馬富士も師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)も時折、無念にも似た表情を浮かべた。
「本日、横綱日馬富士、引退届を提出いたしました。日馬富士が、今回の問題の責任を感じ、引退したいと言うことは本人から早くに言われていましたが、ファンの皆さんに相撲を楽しんでいただきたいと場所中の間は控えさせていただきました。私は日馬富士を16歳という少年の頃から見てきておりますが、稽古で相撲に精進したのみならず、いろいろな勉強もし、また難病救済など社会貢献にも目が届く、本当に珍しいタイプのお相撲さんだと思っていました」
会見の冒頭にそう言って声を震わせたのは、自ら日馬富士をスカウトし少年時代から育ててきた伊勢ケ浜親方だった。この暴行疑惑が発覚後、日馬富士の酒癖の悪さが報じられてきたが師匠は否定した。
「およそ酒癖が悪いとか、乱暴するとか、そういったところは私自身、見たことも聞いたこともありませんでした。今回なぜ、このようなことになったのか、ただただ不思議というか、残念で仕方ない」
日馬富士は貴ノ岩、ファンに謝罪し、頭を下げた。
「貴ノ岩関にケガをさせたことに対し横綱として責任を感じ、本日をもって引退をさせていただきます。国民の皆さま、相撲ファンの皆さま、相撲協会、後援会の皆さま、親方とおかみさんに大変迷惑をかけたことを、心からお詫びいたします」
引退の理由は明確だった。「横綱としてやってはいけないことを、やった」。決意を伝えられた伊勢ケ浜親方は「やった事実はあるわけですから、責任は横綱として取らないといけないと言いました。横綱という名前を汚しちゃいけない、あってはいけないこと」。
会見では、日馬富士が暴行に至った理由が語られた。詳細については分からないが、報道であったように貴ノ岩の態度を叱ったのがスタートのようだ。日馬富士は「横綱として後輩を正すのは先輩の義務」と語り、こう続けた。「僕のしたことが彼にとって礼儀と礼節、ちゃんとして頑張っていけるんじゃないかということで、そういうことになった」。行き過ぎた指導が原因ということだろう。
一部で報じられていたように貴ノ岩から謝罪があったのだという。日馬富士はこう語っている。
「彼(貴ノ岩)が僕のところに謝りに来て『注意してくれる兄さんがいてくれた。これから頑張るよ』と握手したので、こんなに大きなことになるとは思わなかった」
引退するということは、二度と大相撲の土俵に上がることはできないということだ。相撲への名残惜しさが時折にじんでいた。
「16歳で海を渡って日本にやってきて親方とおかみさんの元で相撲、人に迷惑をかけないことを学んで過ごしてきた。相撲を通して、ファンのおかげさまで横綱になることが出来た。日本、日本の国民を愛しています」。
「私は相撲を愛しています。大好きです。ただ強いだけではなく相撲を通して国民に感動と勇気を与えることを一生懸命やると学び、できる限りのことをやってきました。私の取る相撲は、ただ強いだけでなく感動、勇気を与える相撲だったと思います」
16歳から育ててくれた師匠への感謝の念も口にした。
「今から10年前に父を亡くして、僕のお父さんであり憧れの師匠であり、いつも親方とおかみさんに恩返ししたい、評価していただきたいという気持ち、いい息子としていたいなという気持ちが強かった。最後に、こんなに世間を騒がせたことで、親方に申し訳ない思いでいっぱい」
今回の暴行疑惑だが、貴ノ岩と和解したと思っていた日馬富士側からすれば、寝耳に水だったかもしれない。対応の遅れを批判された伊勢ケ浜親方は真っ向から否定した。
「私は筋道を通して、きちんとやっていた。私はすぐ謝罪しましたよ。断られたこともあったけれどきちんとやっていました」
九州場所の千秋楽、白鵬が優勝インタビューで「日馬富士関と貴ノ岩関を再び、この土俵に上げてあげたいなと思います」と発言した。そのことについて問われると、こう語った。
「その気持ちはうれしかったです」
会見は35分間に及んだ。加害者である日馬富士側は語った。次は被害者である貴ノ岩、貴乃花親方が何を語るかである。
(続く)
横綱日馬富士が暴行か 謎を深める貴乃花親方の行動(1)
横綱日馬富士が暴行か 謎を深める貴乃花親方の行動(2)