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【唯一無二の監督】モウリーニョについて知っておくべき4つのこと

2018 2/15 12:50dai06
ジョゼ・モウリーニョ
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獲得してきたタイトルと監督モウリーニョの誕生

ジョゼ・モウリーニョは2018年2月現在、UEFA選出の最優秀監督賞を4回、CLのタイトルを2回、ELを4回といった国際的なタイトルにも数多く恵まれてきた。

リーグでもFCポルト(以下、ポルト)を指揮した2002-04シーズンの2連覇、チェルシーFC(以下、チェルシー)を指揮した2004-2006シーズンと2014-15シーズンのタイトル獲得、この他にもインテルナツィオナーレ・ミラノやレアル・マドリードCF(以下、レアル)などでもリーグを制しており、世界のどこでも結果を出してきた。

稀代のカリスマ監督として名を馳せたモウリーニョだが、サッカー選手としては決して大成した人物ではなかった。MFとして10年にも満たないプロ生活をポルトガル2部で過ごした彼は大学に入り直した。

そこで体育教師や監督しての経験を積みつつ、スポルティングCP(以下、スポルティング)の通訳に。やがてポルトやFCバルセロナを指揮した名監督ボビー・ロブソンに付き従う形で、アシスタントコーチとして働いた。
その際には後にマンチェスター・ユナイテッドFC(以下、ユナイテッド)を引き継ぐことになる、恩師ルイス・ファン・ハールや監督として火花を散らすこととなるジョゼップ・グアルディオラとの出会いもあった。

かくしてモウリーニョはいち通訳から少しずつステップアップを重ね、2000年にSLベンフィカの監督としてデビューを果たした。
彼は自伝で

準備はできていた。インパクトを与え、重責に立ち向かう準備が。だが、クラブにはその準備がなかった

引用元:ジョゼ・モウリーニョ 著/澤山大輔 訳『ジョゼ・モウリーニョ自伝』P9より 東邦出版2016

としつつ、ベンフィカでの最後の試合となったスポルティングとの一戦では3-0で締めくくっている。彼はこのように皮肉を述べることも多いが、やる時はとことんやる。そんな男だ。

嫌なら辞めるor辞めろ、貫く堅守速攻と監督としてのスタイル

モウリーニョは堅守速攻のカウンター戦術を志向する監督だ。ピッチにハードワークをこなせる選手を多く配置し、前線には癖が強くともボールを持つことができる選手を置く。

特にこのカウンターが尊ばれるプレミアリーグでの指揮に際しては、チェルシーではジエゴ・コスタ、ユナイテッドではロメル・ルカクといったFWを用意した。どちらも強靭なフィジカルとゴールへの嗅覚で相手をいなし、放り込まれたボールを前へ運ぶことができる選手である。

モウリーニョはこのカウンター戦術が決まると、攻撃するよりも守備に徹底するようになり、時に「つまらない」という批判を受けることもある。しかし、この手堅さこそがモウリーニョの勝負強さだろう。

その一方で、モウリーニョは走らない選手を嫌う。FWであろうとMFであろうとDFであろうと関係ない。
ピッチにいる以上はボールを追いかけさせ、足が止まるようならばテクニカルエリアから怒鳴りつける。自分が敷く布陣と戦術において手を抜く者は容赦をせず、ファウルを受けた選手にも「早く立ち上がってプレーを再開しろ」と言わんばかりの檄を飛ばす。

かつてチェルシーに所属しマンチェスター・シティFC(以下、シティ)で大成したケヴィン・デ・ブライネやレアルのエースであるクリスティアーノ・ロナウドらはこうしたモウリーニョのスタイルと合わなかった。結果、前者は移籍し後者はモウリーニョの側がクラブを追われることになる。

それでもモウリーニョはクラブを変え、選手を変え、己が貫くスタイルを徹底する。クラブ側と選手に要望が通らなければきっぱりと関係を切る。
相思相愛ともいわれたチェルシーとの蜜月も、2度の終わりを迎えている。

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