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北京五輪スキージャンプ失格騒動の原因をうやむやにしていないか?

2022 4/2 07:00森田景史
北京冬季五輪ジャンプ混合団体で2回目を飛び終えた後うつむく高梨沙羅,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

ルール変更は4年周期、パリ五輪に向けて柔道着の規定変更

競技者は、オリンピックを一区切りとする「4年周期の生き物」だと言われる。それと同じで、競技のルールも4年周期で改廃を繰り返している。

競技の公平性をより高めるため。あるいは観客や視聴者の目から見て、より楽しめる方向へと競技の質を磨くため。各国際競技連盟(IF)は新たな規制を設けたり、これまであった規制を緩めたりする。競技の夏冬を問わず、五輪は各IFにとってゴールであり、ルール改定の最適なタイミングが五輪の翌年になるというのは、お分かりいただけるだろう。

例えば柔道では、今年1月から柔道着の規定が変わった。鈴木桂治・男子日本代表監督の言葉を借りると「丈が長くなって、お尻がすっぽりかぶり、前の(左右の襟を)合わせる部分も深くなった。いままでと比べて、二回り近く大きくなった感じがする」。

具体的な規格については、国際柔道連盟(IJF)の配信する動画などを見ていただくとして、ゆったりしたサイズの柔道着を義務づければ、互いに組み手が持ちやすくなる。柔道の醍醐味である「技による決着」を促す――というIJFの狙いは誰の目にも明らかで、うなずける。

鈴木監督ら強化の現場を悩ませているのは、柔道着の規定に反した選手へのペナルティーが、東京五輪以前よりも格段に重くなることだ。これまでのルールでは、検査(「柔道着コントロール」と呼ばれる)で引っかかった選手は、主催者側の用意した代えの柔道着を当てがわれていた。新ルールでは、問答無用で失格になるという。

いまは「移行期間」とされ、大会によっては代替柔道着の着用が認められているそうだが、年内のどこかのタイミングで「違反=即失格」へと切り替わる見通しだ。このルールは、少なくとも2024年夏のパリ五輪まで続く。

五輪本番までの道のりはいわば助走路で、選手や監督・コーチ、審判ら競技関係者は、数々の国際大会を通じて新ルールに慣れ、適応していくことになる。新ルールへの感度は、五輪本番での成績を左右する大事といっていい。

五輪でいきなりルールが厳しくなることはあり得ない

では、北京冬季五輪のスキー・ジャンプ混合団体で起こった大量の失格騒ぎは、何だったのだろう、という疑問がわく。日本の高梨沙羅(クラレ)をはじめ4カ国5人の女子選手がジャンプスーツの抜き打ち検査で違反を指摘され、高梨が見せた1回目の大ジャンプが「なかったこと」にされたのは記憶に新しい。

検査の手法に「問題はなかった」とする国際スキー連盟(FIS)の言い分と、「検査方法がいつもと違った」「抜き打ちといいながら、検査は強豪国の選手に偏っていた」などとする選手側の言い分は、大きく食い違っている。ここで踏まえなければならないのは、五輪競技にとっては五輪がルール運用の集大成の場になるという原則だ。五輪でいきなりルールが厳しくなったり甘くなったりすることは、普通はあり得ない。

トップ選手が世界選手権などの国際大会を転戦するのは、競技力を伸ばすため、それぞれの国・地域の代表選考で優位に立つため、といった理由に加え、五輪後に改定されたルールがどのように運用されるかを情報収集するためでもある。

そこには、審判によるジャッジの傾向をつかむことや、道具類(ジャンプスーツ、柔道着などの着衣を含む)のチェックがどこまで厳格に行われるのか、などを把握することも含まれる。全ては、五輪本番で損をしないためだ。

沈黙を貫く日本スキー連盟とJOC

北京大会で大量の失格者を生んだ要因として考えられるのは2つで、答えはどちらか1つしかない。

①FISが、五輪本番でこれまでの国際大会とは異なる厳格な検査を行った
②FISが北京大会での厳格化を予告していながら、日本をはじめとする各国のスキー連盟(NF)が甘く見積もっていた、もしくは、どこまで厳しい検査が行われるのか情報を入手できていなかった

①の場合、ルール運用の集大成は五輪―という原則から逸脱しており、落ち度はFISにある。各国のNFは厳重な抗議を行うのが筋で、「大会後に改善点を示した『意見書』を提出する」という日本スキー連盟の対応では手ぬるい。

②に起因するのだとすれば、日本スキー連盟などNF側の罪は重い、と言わざるを得ない。この場合は、高梨だけでなく国民への「謝罪」(陳謝ではない)があってしかるべきだろう。ジャンプ陣はひと冬かけて、主に欧州各地を転戦する。遠征費を含む選手強化費は、大半を国の助成金に支えられている。NFの手落ちは、期待を寄せた国民への裏切りにほかならないからだ。

日本スキー連盟は、背景の追及を含めて、今回の騒動を「なかったこと」にしてはならない。

北京大会では、ほかにも日本スポーツ界の不可解な対応が目についた。フィギュアスケート女子、カミラ・ワリエワのドーピング問題が発覚した後、日本オリンピック委員会(JOC)は非難声明を出すでもなく、沈黙を貫いた。

ワリエワが出場し、ロシア・オリンピック委員会(ROC)が金メダルを獲得した団体は、メダル授与式が行われていない。2位に入った米国は、五輪期間中の授与式を求めて抗議したが、3位の日本はここでも黙ったままだった。

世界は、一連の沈黙を「お国柄」とも「美徳」とも受け取ってはくれない。「感度の鈍い国」と不信感を募らせるだけだろう。それどころか、日本が自ら進んで「鈍感」のレッテルを自分の顔に張り付けた大会にも思えてくる。日本のスポーツ界が不名誉な沈黙を、4年周期で繰り返さなければいいのだが。

《ライタープロフィール》
森田景史(もりた・けいじ)1993年に産経新聞入社。2002年から大阪本社、東京本社の運動部記者として、柔道やレスリング、日本オリンピック委員会(JOC)などを担当。五輪は2008年北京、12年ロンドンの2大会を取材。東京五輪・パラリンピックは招致活動と開催準備を取材した。2014年7月から論説委員を兼務。

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