「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

東京五輪、海外観客見送りで「安全な大会」は本当に実現するのか

2021 3/19 06:00田村崇仁
国立競技場Ⓒゲッティイメージズ
このエントリーをはてなブックマークに追加

Ⓒゲッティイメージズ

国内観客限定、家族や友人も訪日できず?

新型コロナウイルスで感染力が強いとされる変異株の世界的な広がりが懸念される中、東京五輪・パラリンピックの観客は安全性を考慮して海外からの受け入れを見送り、国内在住者に限定される公算となった。

政府、大会組織委員会、東京都、国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)の代表による5者協議で聖火リレーが福島県からスタートする3月25日までに正式決定する。

IOCのバッハ会長は3月12日、3日間のIOC総会終了後の記者会見で「日本の決定を尊重する」と事実上容認する姿勢を示唆。さらに海外選手の家族や友人が応援で訪日できなくなる可能性も踏まえ「安全第一で全ての人に犠牲が求められる」と打ち明けた。

菅義偉政権は東京五輪・パラリンピックの開催でコロナ禍からの回復を世界にアピールするとともに、景気浮揚への起爆剤としてインバウンド(訪日外国人客)需要を取り込む狙いだったが、観光業や飲食業にとって大きな打撃となりそうだ。

各国首脳、選手1万超、大会関係者5万人?

しかし海外観客の見送りで「安全安心な大会」が実現できるといえるほど、簡単な問題ではないだろう。

ビジネスや政治が複雑に絡み合い、国家的事業に成長した近年の五輪は通常なら参加選手が約200カ国・地域から1万人超。国際競技連盟(IF)や各国・地域の国内オリンピック委員会(NOC)関係者、審判など五輪に関わる大会関係者の参加は想定される約5万人からコロナ禍の「簡素・効率化」で10~15%減となる見通しだが、それでも規模はテニスの四大大会や世界選手権に比べてけた違いだ。

「五輪外交」を見据えて2028年ロサンゼルス五輪の開催国である米国のバイデン大統領、次回の2024年パリ五輪を開くフランスのマクロン大統領ら各国の元首や首脳級、スポーツ大臣など閣僚級も人数を制限されるとはいえ、開閉会式などに合わせ来日する見通しだ。

スポンサーが招待する海外観客についても別途対応を検討するとみられる。各国メディアもペン記者は6000人、テレビ放送関係者は2万人規模とされ、海外の一般観客が来なくても数万人規模が来日する計算になりそうだ。

「バブル方式」でも相次ぐ陽性者、ガンバ大阪も集団感染

東京五輪の新型コロナ対策は選手村や会場を中心として外部との接触を極力避ける「バブル方式」で実施する方針だが、陽性者が出た場合の対応は懸案が山積。3月15日にはフェンシングの日本代表3人がハンガリーのブダペストで行われた男女サーブルのワールドカップ(W杯)から帰国を前にした現地での新型コロナ検査で陽性反応を示したことが判明した。

大会は選手や大会関係者と外部の接触を遮断する「バブル」方式の環境だったというが、感染経路は不明だ。五輪でも採用する「バブル」方式には入る人が増えれば増えるほど、ウイルスが持ち込まれる可能性も高くなる。持ち込まれた場合、クリーンな選手村が一転、クラスター化する恐れもある。

2月に開幕したJ1は集団感染が起きたガンバ大阪の計6試合が中止になり、日程の大幅な再編など多難な船出となった。こうした事態が五輪でも起こり得る想定が必要だろう。

海外販売100万枚、1.6兆円経済損失も

大会組織委が見込むチケット収入は約900億円。五輪チケットに占める海外分は1、2割程度とみられていた。チケットの総販売枚数は公表されていないが、2020年3月に延期が決定する前の計画では900万枚超。国内では約445万枚を販売し、海外向けは既に100万枚程度を販売したとされている。

関西大の宮本勝浩名誉教授(理論経済学)は3月12日、新型コロナ感染拡大の影響で東京五輪・パラリンピックの観戦者を日本在住者に限定し、入場者を収容人数の半分に制限した場合、経済的損失は約1兆6258億円に上るとの試算を発表。外国からの観戦者がいないと、大会期間中の消費支出や、大会後に日本を再訪する際の大きな経済効果が失われるとした。

観戦制限が大会開催の一つの方法であると理解を示しつつ「観光立国を目指す日本にとってその影響は大きく、訪日外国人の経済的貢献の大きさを再認識させられる結果となった」と分析した。

航空券代や宿泊費の補償、ワクチン不安視も

オンラインで開かれた3月11日のIOC総会では海外からの観客受け入れ断念を巡って、ギリシャのカプラロスIOC委員から航空券代や宿泊費を払った観客による補償請求を想定して「組織委やIOCは明確な方針を持つべきだ」と厳しく指摘する声が上がった。

日本の対応が遅れているワクチン接種も話題になった。IOCのバッハ会長は「中国産ワクチン」を購入し、東京五輪と2022年北京冬季五輪のパラリンピックを含む参加選手に提供すると唐突に表明。日本にとっては「蚊帳の外」に置かれた形で波紋が広がった。

「日本代表選手がワクチンを打つのは、いつになるのか」。ジブチの女性、ガラドアリ委員は組織委に最新情報を求めた。欧州や中東を中心に五輪選手のワクチン接種は始まっており、開催国として対応遅れを露呈。さらに国内在住の観客に限定する場合、ワクチン接種なしでも「OK」なのか今後議論に発展する可能性もある。

観客上限50%?5~6月に結論先送りも

圧倒的な信任投票を受けて再選したバッハ会長は東京五輪の観客数上限について「決断はできるだけ遅くする必要がある。5月や6月に起きることも考慮して、ドアを開けておく必要がある」とも主張した。IOCや大会組織委などが開いた最初の5者協議では4月中の判断で合意したはずだったが、結論先送りの可能性を示唆した形だ。

観客は日本国内の居住者に限定する方向で、上限は政府のイベント制限の方針に準じて会場の収容人数の50%とする案などが検討されている。大きな施設では最大2万人の上限を設ける案も浮上しているが、誰も経験したことのない大会運営のハードルは極めて高い。

大会モットーのように繰り返される「安全安心な大会」を実現するには選手だけでなく、観客も含めた綿密かつ厳格なコロナ対策を講じ、リスクを最小限に抑えた上で迅速に対応できるプロフェッショナルな体制が求められることは言うまでもない。

【関連記事】
コロナ対策の「バブル方式」とは?安全開催探る東京五輪のリスクと課題
五輪聖火リレーの主な著名人一覧、辞退続出や「島根の乱」で波乱含み
コロナで変わる東京五輪、選手は競技開始5日前から終了2日後までの短期滞在