カヴェンディッシュがツール区間最多勝まであと2つに迫る
大会中盤に差し掛かろうとしているツール・ド・フランス2021年大会。序盤戦のクラッシュ多発が大きな騒ぎとなったが、それを乗り越えてレースは進行。前回大会を制したタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ、スロベニア)を筆頭に、有力選手たちのエンジンがかかりはじめている。
そんな中、108回にのぼる大会の歴史に新たな記録が刻まれる可能性が高まっている。
36歳のマーク・カヴェンディッシュ(ドゥクーニンク・クイックステップ、イギリス)が今大会ステージ2勝を挙げ、エディ・メルクス(ベルギー)の持つ最多ステージ優勝34回まであと2つに迫っている。
自転車ロードレースの特性上、ツールのようなステージレースでは3週間トータルでの合計タイム(個人総合時間賞=マイヨジョーヌ)を競うほかに、各ステージ(各日1レース)の優勝者も争われる。全21ステージで構成される大会であることから、つまりは21日間毎日(途中の休息日のぞく)その日の優勝者を決めるのである。
考え方としては、その日一番強かった選手が勝利すると思って問題はないが、レース展開やチーム戦術による部分も大きく、さらには最大184人もの選手が一斉にスタートすることから、その中から勝利できるたった1人になることは決して簡単ではない。
とりわけ、世界最大の自転車ロードレースといわれるツールにあっては、1回のステージ優勝でその選手の人生が大きく様変わりすることも少なくない。生まれ育った地元や国で英雄になるのはもちろん、いち選手としても1つの勝利で完全に自信をつけ、一気に「ビッグネーム」といわれるほどの実力者に急成長するケースもしばしば。ツールのステージ優勝はロードレース選手にとって一生涯の勲章でもある。
まるで運命に導かれない限り手にすることができないようなツールのステージ優勝。それを、カヴェンディッシュは32回遂げているのだ。もちろん、これは現役選手では最多勝である。
6年ぶりの古巣復帰で完全復活
古くからトラック競技を中心に世界トップクラスにあったイギリスの自転車競技界。カヴェンディッシュは同国の至宝として早くから頭角を現し、20歳でトラック種目の世界王者に輝く。
その2年後にロードレースに本格転向すると、スプリンター(フィニッシュ前のスピード勝負を得意とする選手)として勝利を量産。2011年にはロードでも世界王者となったほか、2016年のリオ五輪ではトラック競技へ復帰して銀メダルを獲得するなど、そのマルチさで押しも押されもせぬ自転車競技界ののスーパースターである。
そんな彼も、30歳代半ばに差し掛かって自慢のスピードに陰りが見られるようになった。それまでは爆発的な加速力でライバルを寄せ付けなかったが、ここ数年は思うような加速ができず、さらには落車も頻発。シーズンを棒に振るほどの病気にも見舞われ、ここ2シーズンは未勝利にとどまっていた。
しかし、2021年シーズンに入って復活。その要因は、「世界最高チーム」と呼ばれて久しいドゥクーニンク・クイックステップに復帰したことが大きい。2013年から3シーズンこのチームに所属した経験があり、当時は充実したチーム力をバックに勝利を重ねていた。
一度チームを離れたのは、リオ五輪出場に関する方向性の違いがあったとみられているが、それでも首脳陣との関係性は崩れておらず、今季は再浮上を目指したカヴェンディッシュが懇願する形で古巣へ戻った経緯がある。
もっといえば、各チーム8人というツール出場枠に、直前までカヴェンディッシュの名前はなかった。もともとは別のスプリンターが出場する予定だったが、故障で戦線を離れたことにより、滑り込みで彼がメンバー入りを果たしていたのだった。
そして迎えたツール。スプリンターの本職である平坦コースで躍動した。第4ステージでの劇的勝利は、実に5年ぶりとなるステージ優勝。さらに、2日後には完勝ともいえる圧巻のスプリントを披露。久々の勝利では感涙した彼だが、2勝目を挙げる頃には完全に自信を取り戻したようで、記者会見では彼らしい饒舌な姿も戻ってきた。

ⒸTim De Waele / Getty Images
13年かけて築き上げた32もの勝利数
メルクスが34勝を挙げた1960~70年代は、今のような“分業制”ではなく、個人総合優勝を目指す選手がステージ優勝も競うような環境にあった。平坦・山岳問わず、強さや速さを誇示することに大きな意味合いがあったのだ。
一方、現代の自転車ロードレースはコースやレース規模(ステージ数・日数など)に応じて、チーム内で勝ちを狙う選手を代えていくなど、各選手の特徴や適性を重視する。特に、急峻な山々を走る時間が多いツールのような3週間規模のレースとなると、総合成績を狙うのか、ステージ優勝にフォーカスするのか、はたまた勝利を目指すチームメートのサポートに徹するのか、といった選手たちのスタンスは重要なファクターになる。
スプリンターのカヴェンディッシュが勝負するのは、実質平坦コースのみ。ツールであれば例年、平坦コース設定は6または7ステージといったところで、限られた機会を無駄にするわけにはいかないのである。
そのような背景もあり、カヴェンディッシュがツール通算32勝を挙げるまでには初出場から13年かかっている。「全ステージ勝利」を目指していたメルクスが7年で34勝を挙げていることを思うと、平坦に特化した選手がこれだけの数字をマークしていることは驚異的だといえる。
偉大な記録へのチャレンジはあと5ステージ
ここまでくると記録に並び、さらには更新にも自然と期待がかかる。そんな声に対しカヴェンディッシュは、「偉大なメルクスの名を挙げられてしまうと、それだけで緊張してしまう」と笑いながらも、「1つ勝つことにどれだけの労力をかけているかをまず感じてほしい」とステージ優勝の価値を強調する。
とはいえ、このツールでは、過去に話題を生んだウイニングセレブレーション(勝利時の歓喜のポーズ)を復刻してみせるなど、観る者の反響を意識したと思わせる行動が目立っており、やはりメルクスの記録を意識していないとはどこか感じられないのが実際のところ。もし、大記録に並んだ暁には、どんな形で喜びを表現してくれるだろう。

ⒸTim De Waele / Getty Images
カヴェンディッシュにチャンスがあるのは、第10(7月6日)、第12(8日)、第13(9日)、第19(16日)、第21(18日)の各ステージ。どこかでメルクスの記録に並び、大会最終日、パリ・シャンゼリゼ通りにフィニッシュする第21ステージで大記録達成となれば、これほどない劇的展開である。
ちなみに、パリ・シャンゼリゼ通りのフィニッシュは、世界のトップスプリンターにして「世界スプリント選手権」と称するほど価値のある一戦。カヴェンディッシュは2009、2011、2012年にこのステージで勝っており、今年は9年ぶり4回目のシャンゼリゼ勝利と大記録更新を目指して走ることになる。
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