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動画配信がボクシングの未来を変える?井上尚弥にかかる底辺拡大の期待

2022 12/3 06:00SPAIA編集部
井上尚弥,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

ペイ・パー・ビューで巨万の富を得たメイウェザー

プロボクシングのWBA・WBC・IBF世界バンタム級王者・井上尚弥(29=大橋)対WBO同級王者ポール・バトラー(34=イギリス)の4団体統一戦は12月13日に東京・有明アリーナで行われる。

今回はテレビの生中継はなく、dTVおよび、ひかりTVが独占生配信。最近のボクシング中継はテレビの地上波放送がめっきり減り、動画配信が主流になりつつある。テレビの無料放送に慣れ親しんだファンには抵抗感もあるだろうが、有料コンテンツに料金を支払う動画配信はボクシング界を大きく変える可能性を秘めている。

「ペイ・パー・ビュー」という言葉をアメリカのボクシング界から聞くようになって久しい。pay-per-viewという単語の並びを見れば、英語を話せない人でも意味は分かるだろう。スポーツ、映画、音楽、アニメなど様々なジャンルの観たい番組に料金を支払う仕組みで、その中でもボクシングや総合格闘技は人気が高い。

ボクシングは野球やバスケットボールなどに比べて格段に試合数が少なく個人競技のため、好きなボクサーや注目の試合のみを選んで観られるペイ・パー・ビューとの相性が良い。

1975年にモハメド・アリとジョー・フレージャーが戦った世界ヘビー級タイトルマッチが初めて本格的なペイ・パー・ビューとして放送され、今では全米に浸透。注目のカードなら約50ドル(1ドル=135円で6750円)でも飛ぶように売れ、2015年にフロイド・メイウェザー・ジュニアとマニー・パッキャオが戦った世界ウェルター級王座統一戦は、史上最多の460万件が販売されたという。

収益は放送局やプロモーターとともにボクサーにも分配される。引退後は日本で那須川天心や朝倉未来とエキシビションマッチを戦ったメイウェザーが「Money(金の亡者)」という異名を持つのも、無敗を守って自らの価値を高め、1試合で1億ドル以上を稼ぐなど巨万の富を得たからだ。

アメリカではファンを魅了する試合で勝てば勝つほどボクサーとしての価値が高まり、ファイトマネーもはね上がっていく仕組みができている。

ファイトマネーの相場が上がらない日本ボクシング界

翻って日本はどうだろうか。昭和の高度成長期には拳2つで成り上がれるスポーツとして、まだまだハングリーだった日本人が世界に殴り込みをかけるという構図がハマっていたが、経済大国となるにつれてボクシングの人気は低下。ファイトマネーの相場はいつまでも上がらず、裾野は広がらなかった。

格闘技ファンはいつの時代にも一定数いるが、魔裟斗やアンディ・フグらが活躍した頃は総合格闘技に人気も注目度も奪われていた。視聴率の取れないボクシングは、世界タイトルマッチでもテレビ中継されないことが珍しくなくなった。

ボクシングは最もプロになりやすいスポーツと言われる。野球でもサッカーでも少年時代から始めて高校や大学のトップレベルで揉まれ続け、その中の選りすぐりの逸材だけがプロになれる。

しかし、ボクシングの場合はアマチュア経験が全くなくても、ジムに通って1年間もトレーニングを続ければプロライセンスを取得することは不可能ではない。それだけプロ入りのハードルは低いのだ。

しかし、プロ野球選手の一軍最低保証年俸が1600万円に設定されている今でも、ボクシングだけで食べていけるプロ選手は一握り。ほとんどのプロボクサーがアルバイトなどで生計を立てながら、数カ月に一度の試合でなけなしのファイトマネーを手にする。「ボクシングが好き」という個人の感情だけに頼っていては底辺が拡大するはずもない。

井上尚弥が背負う使命

しかし、コロナ禍によって急速に広がった動画配信が定着すれば、そんな現状を打開する期待が持てる。「密」を避けるために大会場に集客できず、テレビ局の体力低下によって高額の放映権料も期待できない状況は、当初はボクシング界にとって逆風かと思われたが、新たなビジネスモデルを構築するチャンスとなった。

井上尚弥が2021年12月に戦ったアラン・ディパエンとの防衛戦は「ひかりTV」と「ABEMA」による国内世界戦初のペイ・パー・ビューだった。3960円で販売され、井上の8回TKO勝ちに満足したファンも多かっただろう。

井上が勝ち続けることで動画配信の波はさらに拡大するはずだ。前回のノニト・ドネア戦の井上のファイトマネーが2億円以上と言われるように、トップクラスのボクサーが引き上げることで全体の相場も上がる。ボクシングが稼げるスポーツというイメージが広がれば、競技人口も増え、底辺が拡大するだろう。

井上尚弥とバトラーが戦う12月13日の4団体統一戦は、dTVおよび、ひかりTVで独占配信され、サブスク料金で視聴可能。dTVなら月550円(税込)で、初回入会なら最長12月28日まで無料だ。まだペイ・パー・ビューには抵抗を感じるファンも、安価なサブスクならハードルは低いだろう。

世界が注目する「モンスター」には、日本ボクシング界を改革する使命がある。世界中の猛者をなぎ倒し、ファンを魅了する両拳には無限の力が宿っている。

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