日本の世界バンタム級王者は12人
プロボクシングの階級は17あるが、日本では「バンタム級」に特別な響きがある。それはファイティング原田が大番狂わせで破った、当時無敗の世界王者エデル・ジョフレが「黄金のバンタム」と呼ばれていたことや、漫画「あしたのジョー」の主人公・矢吹丈がバンタム級だったことと無関係ではないだろう。
体重リミットは118ポンド(53.52キロ)。小型のニワトリ「チャボ」を意味するバンタム級では、これまで12人の世界王者が誕生している。世界のボクシング界を統括するWBA(世界ボクシング協会)、WBC(世界ボクシング評議会)、IBF(国際ボクシング連盟)、WBO(世界ボクシング機構)の主要4団体別の歴代王者は下のようになっている。
「黄金のバンタム」を破ったファイティング原田
初めて世界バンタム級のベルトを巻いたのが先述のファイティング原田だった。世界フライ級王座を失い、2階級制覇を狙って1965年5月18日にジョフレに挑戦。圧倒的不利の予想を覆して15回判定勝ちし、「黄金のバンタム」に初黒星をつけた。
当時はWBAから分離したWBCが発足したばかりで各階級に王者が1人しかいなかった時代。文字通りバンタム級で世界のトップに君臨する唯一の王者として、原田はその後4度の防衛に成功した。
2人目が新垣諭。沖縄水産高時代にインターハイで優勝し、破格の契約金1000万円でプロ転向すると、1984年にIBF世界バンタム級初代王座決定戦でエルマー・マガラーノに8回TKO勝ちして王座に就いた。
2度目の防衛戦で後に3階級制覇するジェフ・フェネックに9回KO負けして王座陥落。当時、日本ボクシングコミッション(JBC)は新興団体だったIBFに加盟しておらず、新垣は日本ボクシング界の歴代世界王者として認められていないが、れっきとした元IBF世界バンタム級王者だ。
3人目が「エンドレスファイター」と呼ばれた六車卓也。旺盛なスタミナと無類のタフネスで1987年にアサエル・モランを倒して王座を獲得した。1階級下のスーパーフライ級王者だった渡辺二郎に続き、大阪帝拳ジムから2人目の世界王者となった。
「浪速のジョー」辰吉丈一郎と死闘を演じた薬師寺保栄
4人目が大阪帝拳ジム所属で「浪速のジョー」と呼ばれ、カリスマ的人気を誇った辰吉丈一郎だ。1991年9月、グレグ・リチャードソンに10回終了TKO勝ちし、当時日本ボクシング史上最短のプロ8戦目でWBC世界バンタム級王座を獲得。しかし、その試合で網膜裂孔を患ってブランクを作り、1年後の初防衛戦でビクトル・ラバナレスに9回TKO負けした。
1993年7月にラバナレスに雪辱してWBC世界バンタム級暫定王座を獲得したものの、今後は網膜剥離が判明。再びブランクを作った。当時の日本ボクシング界では「網膜剥離なら即引退」のルールがあったためハワイで再起戦を行い、JBCも特例で現役続行を承認。その間にWBC世界バンタム級王者となっていたのが薬師寺保栄だった。
1994年12月、正規王者・薬師寺対暫定王者・辰吉の王座統一戦が決まると、両者は試合前から舌戦を展開。世論を巻き込んで空前の盛り上がりを見せ、テレビの平均視聴率は関西地区43.8%、東海地区52.2%をマークした。試合は判定で薬師寺が制し、王座を統一。計4度の防衛に成功した。
辰吉はスーパーバンタム級に上げて2階級制覇を狙ったが、ダニエル・サラゴサに連敗。往年の輝きを失いかけたが、1997年11月、バンタム級に戻して挑戦したタイの若き王者シリモンコン・ナコントンパークビューを7回で倒し、3度目の王座奪取を果たした。奪ったベルトは3本ともWBCの緑色のそれだった。
長谷川穂積は10度、山中慎介は12度防衛
戸高秀樹は2003年にレオ・ガメスを破ってWBA世界バンタム級暫定王座を獲得。スーパーフライ級に続いて2階級制覇を果たした。
WBC世界バンタム級タイトルを10度防衛したのが長谷川穂積だ。2005年4月、辰吉を2度破って14度防衛していたウィラポン・ナコンルアンプロモーションから王座を奪うと、10度のうち7度はKO防衛。バンタム級王座陥落後もフェザー級とスーパーバンタム級王座を奪取し、3階級制覇を果たした。
平成のボクシング界を騒がせた「亀田3兄弟」の長男・亀田興毅もWBA世界バンタム級王者として8度の防衛を果たしている。2010年12月にアレクサンデル・ムニョスに判定勝ちし、WBAライトフライ級、WBCフライ級に続いて3階級制覇。WBCの対立王者だった山中慎介との統一戦を望む声もあったが、実現しないまま8度防衛後に王座を返上した。最後は4階級制覇を狙ってWBAスーパーフライ級王者だった河野公平に敗れて引退している。
具志堅用高の13度に次ぐ、歴代2位の12度防衛を果たしたのが山中慎介。2011年11月にクリスチャン・エスキベルに11回TKO勝ちして王座に就くと、「神の左」と呼ばれた切れ味抜群の左ストレートでKOを量産した。
しかし、日本タイ記録が期待された2017年8月、ルイス・ネリに4回TKO負けで王座陥落。試合後のドーピング検査でネリの検体から陽性反応が出たため2018年3月に再戦が決まったが、今度はネリが体重超過の大失態。試合では山中が2回TKO負けして引退を決めた。
11人目が井上尚弥、12人目は弟・拓真
「亀田三兄弟」の三男・亀田和毅はWBO世界バンタム級タイトルを獲得している。2013年8月、パウルス・アムブンダから王座を奪い、3度防衛。その後、WBC世界スーパーバンタム級暫定王座も奪って2階級制覇した。かつてはメキシコを主戦場にしていたが、現在は兵庫県西宮市のTRY BOX平成西山ジムに所属している。
井上尚弥が最初にバンタム級王座を奪ったのは2018年5月だった。WBA王者ジェイミー・マクドネルをわずか112秒でノックアウトして3階級制覇を達成。1年後の2019年5月にはエマヌエル・ロドリゲスを2回で倒してIBF王座も奪取し、2022年6月にはWBC王者だったノニト・ドネアを2回で粉砕して3団体を統一した。
バンタム級12人目の王者は井上尚弥の弟・井上拓真だ。2018年12月にペッチ・CPフレッシュマートに判定勝ちしてWBC暫定王座を獲得。2019年11月に正規王者ノルディーヌ・ウバーリに敗れて無冠となった。
井上尚弥は12月13日にWBO王者ポール・バトラーと4団体統一戦に臨む(井上尚弥―ポール・バトラー戦はdTVおよび、ひかりTVで独占配信)。世界でも過去8人しかいない4団体統一を果たせば、日本ではもちろん史上初。名だたる歴代バンタム級王者の中でも光り輝く大偉業となる。
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