プロ初登板も見えない立浪和義監督の意図
投手に似つかわしくない背番号「7」がマウンドへ向かう。どよめきと歓声が交錯する中、かつての甲子園優勝投手は投球練習を始めた。5月21日の広島―中日戦。広島が10―1とリードし、ほぼ試合の行方が決した8回、中日・根尾昂外野手(22)がプロ初登板するサプライズが待ち受けていた。
全国球児の頂点に立った力感のあるフォームが4年の時を経てよみがえる。先頭打者の坂倉将吾への初球は、いきなり150キロ。2球目の147キロを右前にはじき返されたものの、その時点でファンは、ボール自体はプロの投手の水準に達していることを悟った。
続く同学年の小園海斗には、全4球を直球で勝負し右飛。3人目の磯村嘉孝に対し、初めてスライダーを投じた。磯村を中飛、中村健人を二ゴロに仕留め、1回無失点で投手・根尾の「顔見せ興行」はフィナーレ。初体験を振り返る根尾の声も、どこか無邪気で、少し弾んでいた。
「どんどんストライクを取っていこうと思った。素直に抑えられてうれしいです」
良くも悪くも注目を集めるスターの挑戦。ファンだけでなく、野球評論家諸氏からも賛否両論の声が噴出した。「二刀流としてやっていける」「このままでは投手としても野手としても中途半端」…。それぞれの立場、それぞれの意見は尊重するとして、立浪和義監督の「意図」が今回の決断から明確に伝わってこないのは確かだ。
就任して初めて迎える今春キャンプで、伸び悩む4年目を外野に固定することを宣言。シーズンに入ると、レギュラーとして期待した京田陽太の不振もあって、遊撃との併用にシフトした。そして投手挑戦…。
あらゆる可能性を追求するための姿勢は当然としても、明らかに「投高打低」のチーム編成を考えれば、このタイミングで根尾にフィールドを広げさせる意味はよく分からない。
一気に3人が野手から投手に転向した2000年のオリックス
糸井嘉男(阪神)や石井琢朗(元横浜など)など、プロ入り後に投手から野手へ転向し、球界屈指の好打者になった例はいくつもある一方で、その逆は成功どころか、ケース自体があまりに少ない。
そのレアな事象をオリックスを取材していた2000年当時、一気に3例も見る機会に恵まれた。嘉勢敏弘、今村文昭、萩原淳の3選手が野手から投手にコンバート。仕掛け人は、数々のマジックで知られる仰木彬監督(故人)だった。
当時のオリックスは過渡期にあった。99年オフに星野伸之がFAで阪神に移籍し、翌00年にはイチローがポスティングシステムを使って米シアトル・マリナーズへ。投打の柱が一気に抜け、戦力ダウンを少しでも補うため、外野の控えに甘んじていた嘉勢、イチローと同期入団ながら全く芽が出ずにいた萩原を00年シーズン途中に、01年には1軍通算出場わずか4試合の今村を「再生」の意味をこめて投手にした。
左と右の違いはあっても、高校まで経験者の嘉勢と今村は投手としてのタイプが酷似していた。良く言えば、まとまりがあり、悪く言えばすべてが平均点。フォームが素直で、ストレートの球速もそこそこあり、一通りの変化球は投げられても、絶対的な武器にはならない。2人とも中継ぎの域を脱することはできなかった。
逆に投手未体験だった萩原には、マウンド度胸と底知れぬスタミナがあった。転向直後はほぼ直球一本で、02年に10セーブをマーク。オリックス退団後は日本ハム、ヤクルトのユニフォームを着るなど、3人の中で最も長い10年までNPBでプレーしたのは興味深い。
根尾を投手として見た場合、現時点で秀でた特長を見出すのは難しい。現代野球で150キロのストレートはアベレージ。173センチの上背では、ボールに角度もつかない。持ち球のスライダー、チェンジアップも1軍の打者を手玉に取るレベルには、残念ながら達していない。
変則フォームに活路を見出した遠山奬志
前記の3人以外で、打者から投手に転向した最も顕著な成功例として、遠山奬志を忘れてはいけない。85年のドラフト1位で阪神に入団。高卒新人ながら、いきなり1年目に8勝を挙げた。将来のエースと嘱望されながら、翌87年に発症した左肩痛が本人、そしてチームの青写真を狂わせる。
ロッテへ移籍し、サイドスローに挑戦しても成績は残せず、95年に野手転向。戦力外通告を経て古巣に戻った後、投手へ再転向し、99年に就任した野村克也監督(故人)の手で「松井秀喜キラー」としてよみがえった。
先発として一度は脚光を浴び、本格派の左腕として期待された男が、「1人1殺」の役を全うするまでには、葛藤があったはずだ。それでも、プライドやこだわりを捨て、変則のフォームに活路を見つけ、後にヤンキースの4番まで張ったスラッガーを封じることに徹した。
根尾に必要なのは、プロとして生きるための「武器」であり、「覚悟」だ。それは「投手・根尾」だけの宿題ではない。「野手・根尾」としても、まだ発展途上にいる。
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