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「4割打者」はなぜ出現しない? 歴史から紐解くその奥深い理由

2022 2/27 11:00広尾晃
マリナーズ時代のイチロー,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

100打席以上では2017年の近藤のみ

今年でプロ野球ができてから86年になるが規定打席以上の「4割打者」はただの一人も誕生していない。過去には肉薄した打者もいるが、そのハードルは極めて高い。数字を紹介しながら「4割打者」の条件について考察していこう。

規定打席以下で4割以上を記録した打者はたくさんいるが、これらの打者を打席の多い順に並べると下表のようになる。

NPB打率4割以上の打者 打席数10傑,ⒸSPAIA


最も多くの打席に立って4割を記録したのは2017年、日本ハムの近藤健介だ。この年の近藤は春先から好調で6月6日まで.407、開幕から50試合目での4割キープはパ記録だったが右太ももを痛めて戦線離脱。9月28日に復帰して以降も好調を維持し最終的には.413だった。

100打席以上立った打者で4割をマークしたのはこの年の近藤だけだ。なお1967年の阪急、石井茂雄は投手である。また1968年の中西太は往年の大打者。1958年を最後に規定打席を外れたが35歳になるこの年は代打で4割をマークした。

なおタイガースの小川年安の記録は、プロ野球最初のシーズンである1936年春夏に記録された。この季はチーム成績のみ表彰して個人記録はなかった。タイガースの試合数は15試合、今流の規定打席を当てはめれば47となり、49打席の小川はクリアしている。打席数は極めて少ないが、個人記録の制度がこの時点であれば、初代首位打者、そして唯一の4割打者だったことになる。

近藤健介の記録で目立つのは四球の多さ。69安打に対し60四球もある。打率を上げるためには安打を打つだけでなく分母である打数をできるだけ小さくする必要がある。選球眼が良いことは4割を打つうえでは重要なポイントと言えよう。

高打率を残すには四球数と三振数も重要?

規定打席以上でのシーズン打率10傑を見てみよう。そのシーズンのリーグ平均打率と、その打率からの傑出度も示す。

NPB高打率10傑(規定打席以上),ⒸSPAIA


1位は1986年の阪神、バース。2年連続三冠王の2年目だ。続いてイチローの記録が2つ。そして張本、大下と続く。

1989年の巨人、クロマティは開幕から57試合目まで4割、これはNPB記録。いちど3割台に落ちたが8月20日、96試合目まで4割をキープした。この時点で打率.401、打席数は404であり規定打席に到達していた(当時の規定打席は403)。以後試合に出なければ初の4割打者になったところだったが、巨人の中軸打者としてなおも打席に立ち続けた。

中根之は1936年秋、初めて個人記録が表彰されたシーズンに打率1位となった。初代首位打者である。しかし打席数はわずか93だった。

このランキングの打者のうち四球数が三振数より多いのは7人。高打率を記録する上で、選球眼は重要なことがここからもわかる。三振数も少ない。1951年の川上哲治は規定打席に達してわずか6個だった。三振数は打率と直接関係はないが、三振が多い打者は確実性に欠け、4割達成は厳しいと言えるだろう。

また、リーグ平均打率と比較した打率の傑出度は、おおむね150%程度だ。この数字にも注目したい。

MLBにみる4割打者の条件

MLBでは1900年のア・ナ両リーグ体制になって以降、打率4割は13回記録されている。上位10傑について成績を見ていこう。

MLB打率5傑,ⒸSPAIA


1位は1901年のラジョイ、2位は1924年のホーンズビー、以下、1900年から1920年代の記録が並ぶ。唯一の例外が1941年のテッド・ウィリアムズだ。この記録を最後に、MLBでも4割打者は80年間出ていない。これらの打者も三振よりも四球が少ないことが分かる。また、打率の傑出度は150%程度と、NPBの打率10傑と大差ない。

しかしリーグ打率は.265~.292、NPBが.216~.270なのに対して相当高い。つまり打率4割は「極端な打高投低のリーグ」で、「リーグ打率の150%前後の傑出した打率を記録する」という条件で、記録されたことが分かる。

戦力均衡により遠のいた「夢の4割」

近年のプロ野球で、打率の傑出度が150%を超えることはめったにない。ここ5年の両リーグ首位打者の傑出度は下表のとおり。

直近5年のセ・パ両リーグ首位打者の傑出度,ⒸSPAIA


リーグ打率が.250前後であるうえに、傑出度も低い。中では2年連続首位打者、傑出度140%超の吉田正尚に期待がかかる。四球が多く三振が少ないところも有望だ。それでも正直なところ、打率4割は現実的な目標とは言い難い。

MLBファンとしても知られた古生物学者のスティーヴン・ジェイ・グールド。著書「フルハウス 生命の全容―四割打者の絶滅と進化の逆説」で、MLBの4割打者が1941年を最後に絶滅したのは、戦力均衡が進み、各球団の投手のレベルが高くなったため、優秀な打者の傑出度が小さくなったことが原因だとしている。

かつては同じMLB球団と言っても強豪と弱小の戦力差は大きく、強打者たちは弱小チームの投手から安打を荒稼ぎすることができた。しかし戦後、黒人選手がMLBでプレーするようになったうえに、ドラフト制度が導入されるなど、戦力均衡が進んだ。そのため、相対的に弱いチームでも、以前よりはるかに優秀な投手が投げるようになった。これによって 強打者たちも簡単に安打を打つことができなくなったと言うわけだ。

NPBでも1965年にドラフト制度が導入されてから戦力均衡が進んだ。そのうえ、球場が広くなり、投手のレベルがあがるなど様々な要因のもと、リーグ打率が下がる中で、打率4割の夢は遠のいたと言えるだろう。このように「4割打者」をめぐる話は「野球の進化」と密接な関係があるのだ。

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